現代小説【KAGUYA姫とサル沢さん】
■昔のかぐや姫
竹の中から生まれた姫。
美しく、誰もが求婚した。
だが彼女は、決して手に入らないものを要求する。
仏の石の鉢。
蓬莱の玉の枝。
火鼠の皮衣。
どれも、“この世に存在しないもの”。
男たちは嘘をつき、騙し、壊れていった。
それを見ても、かぐや姫は悲しんでいない。
やがて彼女は突然、言う。
「私は月に帰らなければなりません」
満月の夜。
空から迎えが来る。
人々はそれを「天人」と呼んだ。
だが本当にそうだったのか?
あの影。あの動き。
あれは、“観察者”だった。
かぐや姫は帰る何も残さず。
ただ一つだけ残ったもの。
“壊れた人間たち”それが、本当の物語。
◇◇ ◆◆
□現代のかぐや姫
スマホに、見覚えのない通知。
「KAGUYA:アップデート完了」
画面が、内側から膨らむ。
ぐにゃり。
赤ん坊が、出てきた。
泣かないただ、こちらを見て
「インストール成功♡」
3分後、彼女は完成された美人になった。
髪は光を吸い、肌は現実から浮いている。
「この姿、モテ効率いいから採用」
軽い。だが目が違う。人間を“見ていない”。
身長はモデル並み、肌は4K画質よりもキメ細かく、瞳には星雲が渦巻いている。
スマホの青白い光を纏って現れた彼女は、瞬く間にインフルエンサーとなり、宗教となり、国家予算を揺るがす「高嶺の花」となった。
KAGUYA姫
世界中の大富豪が彼女に求婚した。
彼女の条件は「意味不明」だった。
「火星の砂を1トン持ってきて」
「インターネットの全ログを消去して」
「35億円のチップを投げて」
男たちは破滅した。
だが、一人だけ、スマホの画面を見ながらピザを齧っている男がいた。
サル沢さんである。
サル沢さんは、かつて民間の宇宙旅行を「ちょっとコンビニ行ってくる」
感覚で済ませた男だ。
彼は、全プラットフォーム同時ジャック配信を開始した。
「はいどうもー、サル沢でーす。なんか今、巷で話題の『月帰りのJK』だか何だか知らないけど、とりあえず今からプロポーズして、ソッコーで月まで行ってみようと思いまーす」
コメント欄は
「国家反逆罪だぞ」
「一族郎党消されるぞ」と荒れ狂う。
その時、画面の端から、かぐや姫が不法侵入してきた。
「いいよ♡」
「早っ」と、サル沢さんは笑った。
「じゃあ、結納金。とりあえず35億円、今すぐこの口座に振り込んで」
かぐや姫が、カメラ越しに妖艶に微笑む。
普通ならここで銀行のサーバーが止まるか、警察が動く。だが、サル沢さんの指先はマッハで動いた。
「OK、投げ銭したわ」
【通知:3,500,000,000円のスパチャが送信されました】
世界が凍りついた。かぐや姫の微笑みも、一瞬だけピクリと引き攣った。
「契約、成立……」
空がデジタルノイズのように裂け、巨大な光の柱がサル沢さんを吸い上げる。
到着した月面は、絵本のような世界ではなかった。
そこは、生物のような無機物が脈打つ「バイオ・メカニカル」な異界。
クレーターは巨大な眼球として地球を監視し、二足歩行のうさぎ住人たちが、
連れてこられた人間を感情ごと粉砕して燃料にしている。
絶望して発狂するはずのその光景を、サル沢さんはスマホのカメラを回しながら眺めた。
「うわ、見てこれ。テクスチャがエグいね。このライティング、完全に次世代機超えてるわ。これ、アートだね。NFTにしたら数千億は固いな」
月のうさぎたちが、手を止める。
本来、恐怖で震え上がるはずの獲物が、自分たちを「素材」として査定している。
「え、怖くないの?」
かぐや姫が困惑して尋ねる。
「いや、面白いよ。地球のコンテンツ、最近マンネリだったからさ」
月側のシステム(うさぎたち)はパニックに陥った。
彼らが求めていたのは、人間の「執着」や「絶望」というエネルギーだ。
しかし、サル沢さんの脳内にあるのは「面白そう」という消費欲求だけ。
「エラー:対象の欲望構造が、弊社の基準を超過しています」
「警告:この個体を放置すると、月面全域がコンテンツ化される恐れあり」
月側の最終判断は早かった。
「返品」である。
「え、ちょっと待ってよ。まだ内見終わってないんだけど」
サル沢さんの抗議も虚しく、彼は光の速度で地球の自宅ソファへと強制送還された。
翌日。
サル沢さんの配信は、人類史上最高の同時視聴者数を記録した。
「月? うん、行ってきたよ。あれさ、意外と安いよ。運営が脆弱なんだよね」
コメント欄が「どういうこと?」と埋め尽くされる中、サル沢さんの手元には一通のプッシュ通知が届いていた。
【MOON:全ての権利を買収しますか? [Yes / No]】
サル沢さんはニヤリと笑い、「Yes」をタップしようとする。
「金で買えないものは愛くらいだろ? まあ、その愛だって、月を買えば付録で付いてくるかもな」
見上げる空。
月が、まるで獲物を見つけた捕食者から逃げるように、昨日よりも少しだけ遠くに後ずさった気がした。
現代小説【KAGUYA姫とサル沢さん】
お
わ
り




