1.プロローグという名の前座
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わがままでいたい、自由に生きたい。自分が好きなことで、自分がしたいことで、生き抜いていく。それができたなら、どんなに素晴らしいことかと。俺は常日頃から思っていた。
でも、現実はそううまくいくわけもなくて。やりたくない勉強をやらされ、自由などない将来を迫られる。それにうんざりしていた俺、霧野 昇は、部活の朝練をサボって机に突っ伏していた。律儀にも学校に来ているのは、部活の時間に家を出ないと、家族に心配をかけるからだ。
「...はぁ」
俺はため息をついて、机から一冊の本を取り出す。自分が好きな小説だ。ライトノベルだが。
この本の主人公は、まさにじぶんがやりたいことをやっていた。異世界に転生し、自分がやりたいことをしている。もちろん、ただサボってるわけではなくて、彼は彼で家族を守るために翻弄しているのだが...
それでも、自分がやると決めたことに向かって愚直に突き進む様は、俺にはまぶしく映った。
(...このまま俺は、ずっと鳥かごの中なのか?)
そんなことを考えながら、小説を読み進めていく。そのうち、ほかの生徒がちらほらと教室に集まってきたが、俺は他の生徒などお構いなく、小説を読み続けた。この自由な時間が、俺は好きだった。
...が、ふいに小説をバッと取られる。
「ちょ、おい!」
顔を上げると、そこには
「やあ、のんきに小説なんか読みやがって。」
「げ」
同じ部活の同級生、物部 功だった。
「げ、じゃないよ。また朝練サボったな。怒られるのは部長である俺なんだぞ?」
「きょ、今日は道場の前までは行ったんだ。でもな、原因不明の腹痛に襲われてだな...」
「はいはい、それでまた行くのが億劫になって、サボったってオチだろ?」
「...むぅ」
その通りではあるのだが、言い当てられるとどうもムッとする。だが、何を言ってもこいつには通用しないので、黙っておく。これでも、やる気がないわけではないのだが...。
「2年のときまでは真面目に参加してたのに、3年になった途端来なくなりやがって...もう4月の半ばだぞ。それどころか、放課後でさえたまにしか来てないだろう。夏には最後の大会もあるんだ、もっと真面目にだな...」
「あーはいはい、わかったわかった。ほれ、もうそろそろホームルームの時間だぞ。本返せよ。」
「...」
功は何も言わず、俺の席に小説を置いて、自分の席へ座った。こちらをジロリと睨んだ後、ため息をついて前を向く。
苦労を掛けているのはわかってる、わかっちゃいるのだが...
「...お前には...」
言いかけて、やめた。俺はため息をついて、机に置かれた小説に手を伸ばす。
が、ここでチャイムが鳴ってしまった。残念ながら、自由な時間はここでおしまい。俺はさらにため息をついて、机の中に小説をしまう。
「みんなおはよう、ホームルームを始めるぞ~」
先生が入ってくる。何も変わらない日常、だがその後ろに知らない人がいた。スーツを着た、若めの女性だ。
「みんな紹介する、今日から教育実習生としてここのクラスについた先生だ。」
先生に促され、その女性は一礼したあとに自己紹介する。
「どうも皆さん、はじめまして。折奈 美里と言います。これからよろしくお願いしますね?」
クラスの男どもは歓喜し、女性は拍手している。クラスはただ一人を除いて、その女性を歓迎ムードで迎えた。
「...?」
何やら違和感を感じた、俺を除いて。
ホームルームが終わり、10分後にまたやってきた。なぜか、教育実習生1人だけで。
今日の一時間目は国語の授業、だがこの日は教育実習生のオリエンテーションを兼ねて、教育実習生が授業することになったようだ。クラスの皆は退屈な授業じゃないことを喜んでいたが、俺はまた違和感を覚える。
こういうのって、しばらく先生の補助をしながら、最期あたりで一人でやってみる、という流れじゃないのか?訝しんでいると、習字の半紙と筆、すずりに墨汁と、習字に必要なセットを渡された。
「今渡した紙とペンで、あなたが好きな字を一つ書いてください。そうそう、名前も忘れずに書いてくださいね~」
生徒たちはそれぞれ席に着くが、俺はぴたりと足を止める。こいつ今、これのことを紙とペンって言ったか?しかも、名前が出てこなかったというそぶりもなく、それが当たり前のように言った。じっと教育実習生を見つめると、笑いながら「どうしました?」と返される。俺は何も言わず、黙って席に着いた。
...教育実習生の目は、全く笑っていなかった。それどころか、感情を感じ取れなかった。まるで、この世のものではないかのように。貼り付けたような笑顔の奥に、不気味な空白があった。
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