9話 老人の格闘術
「・・・はぁ⁈」
老人は有利な状況から一転、ピンチになるかもしれない状況を自ら作っていたため、桃子は声をあげて驚いていた。
「・・・おい。どう言うことだ・・・⁈」
「だからさっき言った通りじゃよ。素手でワシに勝てばそのまま見逃したるわ」
「な・・・!」
男は明らかに腑に落ちてない様子だった。なぜわざわざ敵にチャンスを与えるのか、それが理解ができずに黙って考え込んでいた。
「何じゃ?その不満そうな顔は・・・あ、そういうことかのぉ」
そう言うと、老人自身が持っていた銃とナイフを部屋の隅へ投げた。
「これじゃろ?そりゃーワシだけ武器を持っていたら納得せんわなぁ〜」
「(なんだこの余裕は・・・)」
改めてこの老人と対面すると、身長と体格が自分よりも明らかに小さかった。自分が185cmに比べて相手は160cm前後、体重も自分が90kgあるのに対して、相手は50kgあるかどうかというほど。
先ほどは不意を突かれたためピンチに陥っていたが、まともに正面を向き合って素手で戦って負けるとは思えなかった。
「な、何なのよこれ・・・」
老人と長身の男の両方を横から見ていた桃子は、再度ピンチの状況になっていると感じた。体格差を客観的に見て、勝てるようにはとても思えなかったからだ。
「ええか桃子!ワシみたいな体格が小さい人間が、大きい人間に対してどうやって対処するか、よく見とれよ!」
そう大声を出して言うと、腰を低くしながら両手を前に出し、手刀の形にした。
「(なんだこの構えは・・・空手か?)」
男も多少は格闘技をかじっていたが、老人が構えたフォームがどのような格闘技なのか、ハッキリとはわからなかった。
「(とにかく何してくるか分からない上に俊敏さもある相手だ。体格差を使って覆い被さるようにして組む!)」
「うおぉーー!!」
男は両手を広げながら、レスリングのタックルかのような構えで、上から覆うように老人に向かって行った。
「・・・だ、だめ!!!」
桃子から見ていると、体格の良い男が両手を広げて突進する姿は、まるでダンプカーの様だった。こんなのが老人に正面から当たったらタダでは済まないことは明らかだった。
ガツン!!!
何か大きな衝突音が出たと同時に、桃子は目を背けてしまった。
音が出るその瞬間、老人の体が男の方向へ高速で前進した様に見えたため、おそらく男の突進に衝突したのだろう。
「(あ、あんな大男のタックルなんて喰らったら・・・!)」
老人の体はたまったものではない。おそらく数本ほど骨が折れているだろう。目を背けて10秒は経過したかもしれない。
「これこれ桃子・・・よく見とれと言うたじゃろ」
「・・・え?」
老人の声が聞こえ、恐る恐る目を前方に向けた。そこには前に倒れこむようにうずくまっている大男と、それを見下ろしている老人がいた。
「な、何をしたの・・・?」
桃子は訳がわからないようで困惑していた。
「ワシはただ全速力で相手に向かって、走りながら喉元に親指を突きつけただけじゃよ」
そう言われた後に大男の方を見ると、喉を抑えながら声にもならない呻き声を上げていた。
「原理を説明すると、こちらに向かってくる敵というのは相手も同じように向かってくることを想定しないんじゃ。横に避けるか後ろに引くかがパターンとして多いのじゃが、その裏をかいて前進をすることで動揺を誘うことができる。コツは相手とぶつかりそうになる1〜2mがベスト。その上、今回は相手が両手を広げてタックルをしてきたからガラ空きだった前方にある弱点、喉を攻撃したんじゃよ」
「・・・!」
桃子は老人の言ったことを理解しつつも、それを実行したことによるメンタルの強さに驚いていた。あんな巨体が突進してきたら怖くて前進することなんて自分にはできないと思ったからだ。
「桃子。もうダメだと思った時こそ前に進むんじゃ。そうすると思ったよりも何とかなるもんじゃよ」
老人はニコニコしながら桃子の方を向いた。
「(な、何が起こった⁈やつが消えたと思ったら体の中にいつのまにか潜り込んでいた・・・)」
喉の痛みに耐えながらも、何とか体勢を戻すためにフラフラと体を立たせていた。
「ほれ。今みたいに闇雲で突進するのは瞬発力が上回っている相手には効かんぞ。他の方法でワシに挑んでみい」
老人は男にアドバイスをするかのように、本能を焚き付けるよう挑発をした。
「・・・」
すると大男は挑発に乗ることもなく、冷静に両腕を畳む様にして拳を握っていた。
「(ぼ、ボクシング・・・?)」
格闘技に詳しくない桃子でも男の構えが何かすぐに分かった。男はそのままゆっくりとすり足で老人の方向に向かっていった。
「そうじゃ。時間をかけて間合いを詰めるのがセオリーじゃ」
そう言うと、2人の距離が1〜2mほどに縮んでいた。大男は足を止めて間合いを保ちながら様子を見ていた。
「・・・」
老人と大男は何も言わずにお互いの様子を見ていた。
「シュッ!」
大男は左腕を老人の方に伸ばした。様子を見るような打ち方をしたジャブだった。老人は難なく避けると、大男はさらにジャブを連続で打った。
「シュシュッ!シュッ!」
男はリズムを作るかのように軽快にジャブを繰り出していた。老人の動きと少しずつ男の作ったリズムと噛み合いはじめているのか、老人のガードした腕にヒットしていた。
「(今だ・・・!)」
その時に隙が見えたのか、男は踏み込んで右腕を思い切り老人の方へ伸ばした。右ストレートだった。
「あっ!」
桃子は思わず声を上げた。大男の打った右ストレートは明らかに老人の顔面に飛んでいっていた。これが当たれば勝負が決まるのが分かるほどの迫力だった。
「きゃあっ!!」
大男の右ストレートが老人の顔面に当たったと思い、短い悲鳴を出したその時、滑るように老人の顔面が右ストレートの拳から腕に移動し、いつの間にか男の懐の中に入っていった。
桃子から見ると、まるで老人と大男の体が合体しているかのように重ね合わさっていた。
「なっ!なんだ⁈」
大男はいつの間に老人が体の中に潜り込んでいたのかが分からずに困惑していた。その時、
ダンッ!!
大きな打撃音が鳴ると、男の体が宙に浮き、2mほど勢いよく飛ばされていき、それはまるで突風に吹き飛ばされているような光景に見えた。
「え⁈」
桃子はマジックを見せられたかのような気分だった。吹き飛んだ大男を目で追っていたが、なぜ大男が急に吹き飛んでいったのかが分からなかった。
「・・・これは近距離で格闘する際に有効なものじゃ」
老人の声が聞こえたためそちらに目をやると、老人は腰を低く落とし、足を大股に広げながら体を横にして肘を大男に向けていた。おそらく肘を相手の胸に突いたのだろう。
「頑丈そうじゃったから少々本気でやったが、ここまでやる必要はないぞ。コツは・・・まあこれは後でゆっくり教えるわい」
「ぐぅ・・・!」
大男がまたしても苦しそうに唸る声が聞こえたため、そちらに目をやると、胸のあたりを手で抑えていた。かなり効いたようで顔は苦悶の表情を浮かべていた。
「びっくりしたじゃろ?日本でこういう技は中々経験できないからのぉ〜」
「クソぉ〜・・・!」
体格差がここまである相手に、今までの人生でここまで手玉に取られることがなかったため、困惑と妙な理不尽さを感じていた。
「(なぜこんなちっちゃな老人に負けてるんだ・・・!)」
経験値がどんなに相手が上であろうと、若くて大きい体に勝てる訳ないというのが自分の中での常識だった。武器を持っていなければ勝てると思っていたため、負けるはずないという思いが焦りに変わっていっていた。
「うおおおぉぉーー!!」
大男は叫び声をあげると突っ込んでいくように距離を縮め、左ジャブを連打した。
「・・・ダメ」
老人がそう言うと、大男の足を右足でチョンと横に払った。すると大男の体が一回転するかのように宙に浮いていた。
「なっ!」
大男は自分がどうなっているのかが理解できなかった。自分の視界がいつの間にか地面の方に向いたと思った瞬間、床に体が倒れていた。
「お主な〜・・・冷静さを失うと戦場では死を意味するんじゃぞ。上司に習わんかったか?」
「・・・っ!!!」
頭から倒れたのか、鈍痛を感じながら直感した。
「(マズい・・・この男には絶対に勝てない!!!)」
先ほどの怒りは一瞬で消えた代わりに絶望に変わった。
その瞬間、本能で周りを見渡した。素手では勝てないということが分かったからだった。すると部屋の隅にナイフがあることに気づいた。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
大男は急いでナイフの元に走り、それを拾うと老人の方へ向けた。
「ほぅ・・・ナイフか」




