閑話2 父フランシスコ=モナコラ視点 鬼嫁エマの横暴
フランシスコ視点
――父の恐怖
フランシスコ=モナコラは、毎朝、目を覚ますたびに胸の奥がざわつくのを感じていた。
かつては当たり前だった生活が、今はもう戻らない。
宴はない。
賭場にも足を運べない。
女遊びなど、夢のまた夢だ。
何か一つでも贅沢をしようとすれば、必ず耳元で囁かれる。
――王命です、伯爵。
その言葉は、脅しだった。
モナコラ伯爵家は、もはや自由ではない。王家の監視下に置かれ、呼吸の一つひとつまで測られているような気分だった。
思えば、すべてはあの日から狂い始めた。
フランシスコは王都の伯爵邸で暮らし、領地経営は代行官に任せきりにしていた。
多少の不満は耳に入ってきていたが、「貴族とはそういうものだ」と、深く考えもしなかった。
そんな折、息子――アンドレオが頭を下げてきた。
『このままでは、伯爵家は借金で潰れます。
私に爵位を譲ってください。必ず立て直してみせます』
当然、即座に拒んだ。
爵位は、フランシスコにとって人生そのものだった。息子に譲るなど、考えられるはずもない。
だが、妻ルーナミントが口を挟んだ。
『今のままでは危ないのは事実ですわ。
ここは……アンドレオに任せるべきではありませんか?』
その言葉に、フランシスコの心は揺らいだ。
そして、渋々と――本当に、渋々だが――爵位を譲った。
それが、すべての間違いだった。
アンドレオは、賭けのような商売に手を出した。
一攫千金を狙い、そして、見事に失敗した。
領地を担保に、大金を借りたのだ。
その事実を知ったとき、フランシスコの背筋は凍りついた。
王国の土地は、あくまで王家から預かっているもの。
それを勝手に担保にするなど、罪に問われて当然だった。
案の定、王家は動いた。
フランセ国王は、二つの選択肢を突きつけてきた。
――このまま平民になるか。
――王家の改革を受け入れるか。
なぜ、ここまで厳しい処置が取られたのか。
理由を知ったとき、フランシスコは頭を抱えた。
アンドレオが借金をした相手は、隣国プロテイセ王国のルール侯爵が運営する商会だったのだ。
つまり、借金を回収できなければ、モナコラ伯爵領はルール侯爵家のものになる。
それは、フランセ王国内に隣国の領地が生まれるという意味だった。
外交的にも、軍事的にも、絶対に見過ごせない。
だからこそ、王家は本気だった。
そして、国王が目を付けたのが――エマだった。
エマ=モナコラ伯爵令嬢。
父の領地経営を立て直した才女。その名は王都でも知られていた。
愚かにも、モナコラ家は彼女を隣国スペイラ帝国に嫁がせようとしていた。
隣国を強くしてどうする。
そう考えた国王は、この機会にエマを利用することを決めたのだ。
結果、モナコラ家は王家の改革を受け入れ、エマは監視付きで伯爵家に嫁がされたのだった。
――そして今。
贅沢のない生活。
自由のない日々。
何よりも恐ろしいのは、未来だった。
もし、このままエマに子ができたら?
伯爵家は、永遠に質素な暮らしを強いられる。
そんな人生、耐えられるはずがない。
フランシスコは、執事を呼び寄せた。
「……相談がある」
声は、かすれていた。
「エマに、避妊薬を飲ませるのはどうだ?」
執事は、静かに首を左右に振った。
「彼女には王家からの監視官が付けられております。
露見すれば、伯爵家は取り潰しになるでしょう」
それは、まずい。
フランシスコは舌打ちをこらえた。
「……では、息子に飲ませるのはどうだ?」
執事は少し考え、答えた。
「万が一、露見しても、身内の問題です。
大事にはならないかと」
フランシスコは、ゆっくりとうなずいた。
「では、担当医のドクトルを呼べ」
「承知しました」
やがて現れたドクトルに、フランシスコは低い声で命じた。
「……強力な避妊薬を用意しろ」
ドクトルは慇懃に頭を下げる。
「一日一回にしてください。
それ以上は……お子ができない体になります」
「わかった」
フランシスコは、執事を見た。
「アンドレオの朝食に混ぜろ」
その瞬間、何かが音を立てて壊れた気がした。
息子の健康よりも、
父としての責任よりも、
自分の快楽を選んだ瞬間だった。




