第38話 【第一章最終回】それからのエマ、パワーストーン店
それからのエマ、パワーストーン店
フランセ王国に――マリーナ女王が誕生してから、ちょうど三か月が経った。
王城の紋章は新たに掲げ替えられ、崩れかけていた行政は急速に立て直されつつあった。
若き女王の隣には、常にエルマノ皇子の姿がある。
新婚夫婦として仲睦まじき姿が、よく見られていた。
エルマノ皇子の中では、王国が帝国に併合されるまでの偽装結婚。
もし、マリーナ女王に振られたら、エルマノ皇子は、彼女をあきらめる決心でいた。
そしてその頃――。
エマたちは、はるばるスペイラ帝国の帝都マドリーヌへと呼ばれていた。
それも勅命であった。
◇
――スペイラ帝国、帝都マドリーヌ、皇帝謁見の間。
巨大な赤絨毯の先に、黄金の玉座。
そこに座すのは、怒ると雷鳴のごとき声を放つ筋肉の男。
スペイラ帝国皇帝、カルロス=スペイラ。
「よくぞ、参った!」
筋肉質な体格通りの豪快な声が響く。
玉座の前に並ぶのは、師匠ロドリゲス、聖女エマ、剣聖フエルテ、
そして、エマの少し後ろに控えるペネロペ皇女。
ロドリゲスは膝をついた。
「勅命とあれば」
「堅苦しい挨拶はいらん!」
カルロスは豪快に笑い、そして真顔になる。
「まずは、スカイドラゴン討伐、見事であった」
ざわり、と謁見の間の空気が震える。
「あの災厄級魔物を仕留めた功、帝国史に刻まれよう」
ロドリゲスは静かに答えた。
「皆の力あっての勝利です」
「謙遜するな」
皇帝は手を振る。
「よって、ロドリゲスに王国領の旧二オール侯爵領、並びに旧モナコラ伯爵領を与える」
謁見の間がどよめいた。
まだ王国の領地である場所をロドリゲスに与えるということは、王国が帝国に併合される意味でもあった。
「さらに、ドラゴン殺しの名にふさわしく、マタドラゴーネス侯爵の位を授ける」
ロドリゲスが一瞬だけ目を見開く。
侯爵。
しかも新設の爵位だ。
破格な褒賞である。
王国への備えとして、
帝国から王都へと続く道筋にドラゴンスレイヤーを配置したい考えなのだろう。
「……身に余る光栄」
「当然だ」
皇帝は満足げに頷く。
だが、その視線はすぐにエマへと向いた。
「そして聖女エマ」
エマは緊張しながら一歩進み出る。
「は、はい」
「おぬしの功も大きい。帝国を天眼石で守り、我が娘を癒やし、皇子を支えた」
そこでカルロスは一呼吸、置いた。
「ゆえに命ずる」
嫌な予感がした。
「パワーストーン店の本店を、帝都に構えよ。
場所は、こちらで指定した建物の候補から選ぶが良い」
「……え?」
エマは固まる。
後ろで、ペネロペがぱあっと顔を輝かせた。
「まあ! これなら、お姉さまといつまでも一緒ですわ」
「うむ!」
皇帝は胸を張る。
「ペネロペがな、エマおねえさまと離れたくないと言って帝都に戻らんのだ!」
「お父様、その話は恥ずかしいですわ!」
「だから帝都に本店を作れ。勅命だ」
完全に親馬鹿である。
エマは目を白黒させながらも、やがて小さく笑った。
「……承知いたしました」
こうして帝都に、パワーストーン店の本店が誕生することになった。
商会を立ち上げるのには、最高の条件である。
◇
数週間後。
帝都中心部、赤レンガの外壁の歴史ある建物に掲げられた看板。
『聖女エマのパワーストーン本店』
開店初日から、長蛇の列ができた。
そして――旧店舗は支店となる。
そこを任されたのは、意外な人物だった。
元男爵令嬢のジュリエット。
かつて奴隷となり、新スタッフとして働いていた彼女は、
なぜか? 付与魔法の才能を開花させていたのだ。
「任せてください、エマ様」
出会った時は、泣いてばかりいた少女は、
今は自信に満ちた瞳を輝かせていた。
石に魔力を織り込むその技術は、まだ荒いところはあるが、
商売になるレベルに達している。
「あなたなら大丈夫。フェリップもいるから安心なのかな?」
エマは微笑むと、ジュリエットの隣にいたフェリップ元王子が力強く頷く。
「ジュリエットは、わが身に変えても守ります」
こうして、新たな体制が整った。
だが……。
◇
夕暮れ。
本店の二階、窓辺にエマとロドリゲスの姿があった。
これからロドリゲスは荷馬車に乗って、領地に向かう。
エマに最後の別れを告げたところだった。
荷馬車が新しい侯爵領に向かうのが見える。
ロドリゲスは、正式に侯爵として領地へ赴任する予定だった。
エマの胸が、きゅっと締め付けられる。
「……本当に行くのね?」
ロドリゲスの背中に問いかける。
「領地があるからな」
ロドリゲスは振り向かない。
「侯爵様だものね」
冗談めかして言ったが、声が震えた。
沈黙が続く。
やがてエマは、小さく言う。
「……行かないで」
立ち去ろうとするロドリゲスの足が止まった。
「私、あなたがいないと……」
言葉が続かない。
いつも隣にいた。
あの出会った辻馬車でも、店でも、夜の静けさの中でも。
そして、あの夜から、エマの心の中で、ロドリゲスの存在は大きくなった。
好きが、愛に変わり、そして、かけがえのない人へと変わっていた。
心も体もすべてにおいて大切な人。
エマの声に、振り向いたロドリゲスの目は、優しかった。
「エマ」
ゆっくりとロドリゲスが近づいて来る。
「俺は何だ?」
「……ドラゴン殺しの侯爵様?」
「違うな」
ロドリゲスはエマの前に立つと、その頭を優しく撫でた。
「お前の用心棒だろ」
堅い手に撫でられながら、エマの目が潤む。
「……領地はどうするの?」
「代官に任せる。信頼できる奴にな。皇帝もそれを許可している」
「でも……」
心配顔のエマの目の前に、ロドリゲスの顔がぐっと近づいてきた。
「俺が守りたいのは、侯爵という爵位でも領地でもない」
静かに、そして、優しく耳元で囁く。
「俺が守りたいのは、お前だけだ」
夕陽が二人を赤く染める。
エマの頬を、涙が一筋流れた。
「……ばか」
次の瞬間、エマは強く抱きしめられる。
剣で鍛えられた大きな腕。
厚い筋肉に覆われた胸。
「離れねぇよ」
低い声が耳元で響く。
「お前が嫌だって言うなら、どこにも行かねぇ」
エマはロドリゲスの胸に顔を埋めた。
「……一緒にいて」
「最初からそのつもりだ」
エマが顔を上げた瞬間、優しく唇が重なった。
激しさではなく、確かめるような口づけ。
互いの存在を感じる、静かな誓い。
夜がゆっくりと降りてくる。
帝都の灯りが瞬き始める中、二人は強く結ばれた。
未来を共に歩むという、約束を語り合いながら。
◇
数日後。
帝都ではこんな噂が流れていた。
ドラゴン殺しの侯爵は、領地よりも聖女と一緒にいることを選んだ、と。
そして、パワーストーン本店は、帝都の人気店となった。
ペネロペ皇女や剣聖フエルテに、侍女メアリーと護衛オサスナが今日も元気に出迎える。
「いらっしゃいませ、エマ、パワーストーン商会にようこそ、ですわ」
ペネロペが城に戻らないことに、皇帝カルロスは帝城で頭を抱えているらしい。
だがどこか、上機嫌とのこと。
帝国と王国の戦乱は終わり。
アンネットの復讐も終わりを告げた。
エマたちの新しい生活が、静かに始まる。
守るための力。
愛するための勇気。
聖女エマとロドリゲスは、帝都の空の下で歩き出す。
互いの手を、優しく握りあって。
【第一章完】
これにて、第一章アンネット側妃の復讐編は終わりになります。
第二章、帝都エマ商会編は、もし話がまとまったら書いてみたいと思います。
読んでいただいた読者様に心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。感謝です。(*- -)(*_ _)ペコリ




