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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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閑話15 アンネット側妃の父二オール侯爵の栄枯盛衰【えいこせいすい】

二オール侯爵視点 スカイドラゴンの襲撃



 雷鳴が、空を裂いた。


 老いた身に、その振動は骨まで響く。

 窓の外――蒼い閃光。

 次の瞬間、屋敷の西塔が爆発し、石材が宙を舞った。


「……スカイドラゴンだと?」


 誰かが叫ぶ声が遠くに聞こえる。


 ばかな。

 なぜ我が領に、そんな災厄が。


 わしは杖を握りしめ、立ち上がった。

 二オール侯爵家当主。

 この地の支配者。

 恐れる理由などない――はずだった。


 だが空を覆う巨大な影を見た瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。


 蒼い鱗。

 雷をまとった翼。

 怒り狂う咆哮。


 あれは自然災害ではない。

 明確な怒りだ。


「侯爵様! 危険です!」


 部下が駆け込んでくる。

 顔面蒼白だ。


「正面門は炎に包まれております! 退路が――」


「慌てるな」


 わしは静かに告げた。


「地下の避難道を使う」


 それは代々、当主のみが知る秘密。

 森へと抜ける古い石造りの祠へ続く脱出路だ。


 わしは歩きながら、心を落ち着かせる。

 なぜ? この地にスカイドラゴンが現れたのだ!

 ――これまで、わしは正しいことだけをしてきた。


 そんな、善良なわしの領地になぜ?

 あの時の選択も正しかったはずだ……。


 ◇


 数十年前。


 まだわしが伯爵だった頃。

 突然、王家から王都に呼び出された。


 王城の謁見の間。

 玉座に座るのは、即位して間もないフランセ国王。


 まだ若く、甘やかされて育った側面があり、欲望に忠実な男だった。


「ニオール伯爵」


 王は言った。


「お前の娘、アンネットを側妃にしたい」


 一目惚れだったと聞いた。

 ある舞踏会で踊る姿を見た時に、強い運命を感じたと。

 あの美しい娘を側室に迎えたいと。


 わしは一瞬、沈黙した。

 娘には婚約者がいる。


 アンソニーという、商売が上手な子爵家令息。

 誠実で、堅実で、娘のことを深く愛していた。

 娘もまたアンソニーをより深く愛していた。


 だから一度は、遠回しに断った……。


「娘には婚約者がいます。それを覆すには、相当の対価をいただかないと……」

「お前は何を望むのだ」


 王の口元が歪む。

 まるで自分には叶えられないものはないと、言いたげな雰囲気だった。


 わしはそこで考えた。

 これはチャンスなのではないかと。


 もし、婚約を解消しても王家と結び付きができれば、損はない。

 また王が諦めたとしたら、これまで通り商売上手のアンソニーとの繋がりが残るだけだ。

 どちらに転んでも損はない。


 二オール家の未来。

 領地の拡張。

 子孫の繁栄。


 このまま伯爵でいる以上の利益があるのならば、王の話に乗るのもありなのでは……。

 だから、国王が断るほどの好条件を提示してみた。

 国王が断って欲しいと言う気持ちと、

 万が一、受け入れたら二オール家の栄華が約束されるという淡い期待を込めて……。


 だから、わしは口元を緩めながら答えた。


「侯爵の位と鉱山がある領地の加増をしてくださるのならば」


 王は即座に頷いた。


「よかろう」


 その瞬間、ニオール家は侯爵家となった。


 わしは正しい選択をしたのだ。

 これほどの好条件はあるだろうか?

 いや、ない。

 二オール家は、今、栄華を迎えたのである。


 だが、娘は拒んだ。

 その上、わしに隠れて、婚約者のアンソニーと駆け落ちしようとした。


 愚かなことだ。

 このまま逃げられたら、わしの首が飛ぶ。

 

 国王のアンネットに対する執着はかなり強い。

 アンネットが逃げたら、王の怒りはニオール家に向くだろう。


 わしは焦った。

 そして決断した。


 アンソニーを消さなければ、自分が消される。


 説得したところで、二人は平民になってでも逃げると誓い合ったと聞く。

 ならば、説得に応じたふりをして、逃げることも考えられる。


 だから、殺すしかないのだ。

 これには、二オール家の存亡がかかっている。


「娘のことで話がある」


 そう告げ、アンソニーを街外れの倉庫へ呼び出した。


 話し合いなど、最初からする気はなかった。

 部下に命じた。


 拘束しろ、と。

 アンソニーは驚いた顔をしていた。


「ニオール伯爵、なぜ――」


 なぜ?


 決まっている。


 家のためだ。


 王命も出ていた。

 拒めば、アンソニーの家族も消されるだろう。


 わしは選んだのだ。

 一人を切り捨て、多くを守る道を。


 刃が振り下ろされた。

 血が床を染めた。


 わしはそれを見届けた。

 その後、馬車で娘を倉庫前まで連れていき、

 アンソニーの死体を見せた。


 泣き崩れる娘。

 わしは告げた。


「これが現実だ。王に逆らえば、アンソニーの家族も殺される」


 娘は震えながら、頷いた。


 そして王の側妃となった。


 その後は、平和に時が流れ、娘は王子と王女を産んだ。


 我が家は王家と血を結んだ。


 わしは成功したのだ。


 正しいことをした。


 貴族の娘とは家の繁栄のためにある。


 個人の愛など、家の繁栄の前では無意味に等しい。


 ◇


 地下通路を進む。


 石の壁が崩れ、砂が落ちる。


 上では雷鳴と咆哮。


 屋敷は火の海だろう。


 だが私は生き延びる。


 森へ出られれば、再起の道はある。

 このまま王都に行き、娘や国王に会えば、すべては解決する。


 わしは侯爵だ。


 まだ終わらぬ。


 やがて、祠へと続く床石を押し上げる。


 外気が流れ込む。


 森の匂い。


 助かった――


 ◇


 【ジンたちの動き】


「兄さん」


 エンユニーが再び呼ぶ。


「いよいよですね」


「ああ」


 ジンは小さく頷いた。


「我々の復讐劇が、ようやく最終幕だ」


 風が止む。


 森が、不自然に静まり返る。


 そのときだった。


 祠の床石が、かすかに震えた。


 兵たちの視線が、一斉に集まる。


 石が内側から押し上げられる。

 重い音。

 隙間から漏れる、燭火の揺らめき。


 ジンの鼓動が、ゆっくりと強くなる。


 ――来た。


 床石が完全に持ち上がり、闇の中から一人の男が姿を現した。


 煤にまみれ、衣は焦げ、顔には怒りと恐怖が混じっている。


 ニオール侯爵。


 生きていた。


 彼は周囲を見回し、息を荒げる。


「……馬鹿な。ここは知られていないはず……」


 その言葉が終わる前に、周囲の者たちが一斉に動き出す。


 二オール侯爵を掴まえるために。


 包囲網が敷かれる。


 侯爵の顔が蒼白になる。


「な……誰だ……」


 人だまりの奥から、ジンが歩み出る。


「お久しぶりです、侯爵様」


 その声は、静かだった。


 侯爵の目が見開かれる。


「……貴様……アンソニーの弟か……!」


「覚えていてくださったとは、光栄です」


 ジンはゆっくりと近づく。


「兄は、アンネット様を連れて逃げようとした」


「王命には誰も逆らえない!」


「王命がそんなに重要ですか? 我々には関係ない」


 ジンの足が止まる。


「これは復讐で、兄の敵討ちだ」


 背後で、エンユニーが魔法陣を展開する。

 逃走防止の結界。


 侯爵は後ずさるが、背後は穴。


「ま、まさかドラゴンを呼んだのは、お前か……!」


「ええ」


「狂っている……! ドラゴンを敵に回すなど……!」


「あなたも同じでは?」


 ジンの目が細くなる。


「娘の幸せを奪って、栄誉を得ようとする。まさに狂気の沙汰」


 侯爵の喉が鳴る。


 否定できない。


 ジンはゆっくりと剣を抜いた。


 刃に二オール侯爵の顔が鈍く写しだされる。


「兄アンソニーの無念を晴らす時が来た」


 森の空気が凍る。


 侯爵は叫び、魔法を放つ。

 だが結界に弾かれる。


 大勢の兵が動く。

 侯爵は圧倒的な兵力差で、あっさりと取り押さえられ、地に膝をつく。


「待て……金なら出す……!」


 その言葉に、ジンは微かに笑う。


「あなたは大事なことを忘れてしまったようだ」


 剣先が侯爵の喉元に触れる。


「金では、兄はもう戻ってこない」


 侯爵の瞳に恐怖が宿る。


「頼む……命だけは……」


「兄も、そう思ったはずだ……」


 一瞬の静寂。


 そして――。


 森に、短い悲鳴が響いた。


 ◇


 夜が訪れた。


 祠の地下通路は封じられ、侯爵の身柄はアンネット側の密使に引き渡された。


 表向きは、ドラゴンの襲撃に巻き込まれた不慮の事故。


 真実を知る者は、ここにいる者だけ。


 エンユニーが小さく息を吐く。


「終わりましたね、兄さん」


 ジンは空を見上げる。


 雲の切れ間から、星が覗いていた。


「……ああ、あとはアンネット様にお任せしよう」


 だがその声は、どこか空虚だった。


 復讐は果たした。


 だが、兄は戻らない。


 それでも。


 あの日、何もできなかった少年は、もういない。


「帰ろう」


 ジンは歩き出す。


 森の奥へ。


 新しい夜へ。


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