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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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閑話13 アンドレオ=モナコラ伯爵の断罪

アンドレオ=モナコラ伯爵の断罪



 モナコラ伯爵邸宅から、馬車を走らせること数日。


 灰色の雲が垂れ込める空の下、アンドレオ=モナコラは王都へ向かった。

 王都が近づくと、石畳を打つ馬車の音が、やけに乾いて響く。


 王城の白亜の塔が見えた瞬間、胸の奥が重く沈んだ。


 ――ついに到着した。呼び出しの内容はどんなものだろうか……。

 不安が脳裏を掠めるが、まさか、それほど重大なことにはなるまい。

 エマと離縁したこと以外に、大きな問題はないはずだ。


 しかし、正門をくぐると、空気が変わった。

 衛兵たちの視線は冷たく、廊下ですれ違う貴族は、まるで疫病神を見るように道を開ける。


 やがて、謁見の間へと通された。


 玉座に座すのは、フランセ王国国王、アルベルト=フランセ。


 広い間には重臣と高位貴族のみ。

 これは、何かがおかしい。

 そう感じながらもアンドレオは先に進む。


 張り詰めた空気の中、アンドレオは跪いた。


「モナコラ伯爵アンドレオ、参上いたしました」


 王はしばらく沈黙したまま、彼を見下ろしていた。


「顔を上げよ」


 低い声。

 怒気を押し殺しているのが分かる。


 視線を上げた瞬間、アンドレオは悟った。

 これは、かなり大変なことになっている。なぜ?

 原因がわからないことに、戸惑いながら不安になる。


「貴様の軽率な振る舞いが、王国にどれほどの損害を与えたか理解しているか?」


「……恐れながら、陛下。その件につきましては誤解が――」


「うるさい、黙れ! 皇女に不敬を働いておいて言い逃れようとは」


 場がざわめく。


 ま、まさか、あのエマの店にいた銀髪の店員のことなのか?

 ほ、本当に本物だったのか……。


 あの銀髪の店員が、皇女ペネロペだったのか……。


 王は怒りながら続ける。


「帝国は激怒している。

 我が国は今、極めて不利な立場に置かれている」


 アンドレオの喉が鳴る。

 これは、まずいことになった。

 だから、弁明しようとした。


「お言葉ですが、祝賀会で婚約を破棄なさったのは――」


「それ以上、口を開くな」


 冷たい一言だった。


 王の視線は氷のようだ。


「王家の判断は王家の責任だ。

 しかし、貴様の不敬が帝国の怒りに油を注いだことは事実」


 謁見の間の空気が重く沈む。


「外交は力で成り立つ。

 怒りを鎮めるには、対価が必要だ」


 その言葉の意味を理解した瞬間、背筋が凍る。

 ま、まさか、人身御供になれとでもいうのか……。


「モナコラ伯爵家を取り潰す」


 静まり返る広間。


「全財産没収。

 家名は王国貴族名簿より削除する」


 膝が震えた。

 あ、ありえない。

 たったあれだけのことで、取り潰しだと……。


「そして、元伯爵アンドレオ=モナコラを拘束し、奴隷の身分とする。

 またその後、帝国へ引き渡す」


 一瞬、耳鳴りがした。

 ど、奴隷だと。


「な……なぜ俺が……!」


 王は淡々と言い放つ。


「帝国への誠意だ」


 それだけだった。

 誠意も何も王子がしでかした尻ぬぐいでしかないのでは……。


 衛兵が左右から腕を掴む。


「待ってくれ! 俺は平民だと間違えただけだ。そ、それだけなのに――」


「黙れ、このごく潰しが! 間違えたで済まされる問題ではない!」


 その言葉に、もう、何を言ってもこの国王には無意味なのを感じた。


 エマを追い出したこと。

 皇女を脅そうとしたこと。

 すべては己の慢心ではあるが、それだけでこの仕打ちはありえない。


 引きずられながら、謁見の間を後にする。


 背後で、重臣たちのざわめきが広がる。


「奴隷として帝国へ……」

「前代未聞だ……」

「これは、や、やりすぎなのでは……」


 ひそひそと話すだけで、誰も反対の声を上げない。


 本来なら、王子の振る舞いが発端だと知っている。

 だが、王家を糾弾できる者はいない。


 彼らは理解していた。


 ――反論すれば、次は自分たちかもしれない。


 ◇


 数日後の地下牢。


 アンドレオは、冷たい石壁に閉じ込められていた。


 することもなく、ただ、床に崩れ落ちていた。


「終わった……」


 家も、名も、未来も。


 遠くで鐘の音が鳴った。

 最初は一度。

 次第に連続して鳴り響く。


 非常警報だ。


 足音が慌ただしく行き交う。


 やがて、上階から怒号が聞こえた。


「国境沿いにスカイドラゴン、出現!」

「騎士団を招集せよ!」


 地下牢の鉄格子越しに、兵士たちの緊迫した声が響く。


 スカイドラゴン――。


 空を支配する災厄級の魔物。


 よりにもよって、この時期に。


 帝国との関係悪化。

 貴族社会の動揺。

 そして、国境に現れた天災。


 偶然とは思えなかった。


 だが、もはやアンドレオに考える力はなかった。


 地下牢に閉じ込められた身では、王国の未来も、帝国の怒りも、どうすることもできない。


 彼は暗闇の中で乾いた笑みを浮かべた。


「俺一人を差し出して……終わらせるつもりなのか」


 あの国王では、もうこの国に未来はない。


 モナコラ伯爵家の崩壊は、ただの始まりに過ぎない。


 その時、地上で再び鐘が鳴り響いた。


 重く、不吉な音。


 フランセ王国の運命を告げるかのように――。


 ◇


 【アンドレオの母ルーナミント視点】


 一方、モナコラ伯爵邸。


 屋敷の門が、乱暴に叩かれた。


 その音を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。


 嫌な予感は、数日前から消えなかった。

 王都へ向かった息子――アンドレオが、まだ戻らない。


 私は大広間へと急ぐ。

 かつては誇りだったこのモナコラ伯爵邸も、どこか空虚に感じられた。


 扉が開かれ、王家の兵士たちがなだれ込む。


「王命である。モナコラ伯爵家は取り潰しとなった」


 その言葉を、私は理解できなかった。


「……何を、仰っているの?」


「元伯爵アンドレオ=モナコラは拘束された。全財産没収。直ちに退去せよ」


 “元伯爵”。


 息子の名の前についたその言葉が、耳にこびりつく。


 足元がぐらりと揺らいだ。


 私は、ルーナミント。

 かつての伯爵夫人。


 夫フランシスコと共にこの家を築き、息子アンドレオに家督を譲った。


 あの時は、誇らしかった。

 若く、有能で、野心に満ちた息子。


 ――だが、どこか似ていた。


 慢心しやすいところが。


 私たちに。


「アンドレオは……どこに?」


「奴隷身分として帝国へ引き渡される」


 息が止まった。


 奴隷?


 あの子が?


 誇り高く、家名を何よりも重んじていた息子が、鎖に繋がれる?


 私は壁に手をついた。


 どうして、こんなことに。


 脳裏に浮かぶのは、息子アンドレオとエマの離縁。


 エマ。


 息子の妻だった娘。


 三年間、子ができなかった。


 それだけの理由で、アンドレオは離縁を言い渡した。


 「家名を継ぐ子が必要だ」


 それが、彼の正義だった。


 私は……止めなかった。


 むしろ言ったのだ。


 ――伯爵家には跡継ぎが必要よ。


 あの子は、静かに頭を下げた。


 泣き叫びもせず、恨み言も言わず。


 ただ、「お世話になりました」と。


 その瞳は、不思議と澄んでいた。


 屋敷を出ていく後ろ姿を、私は冷たい目で見送った。


 王命で決められた婚姻。

 財政が傾いた伯爵家を建て直すためだけに結ばれた縁談。


 だが、エマがいた頃。


 伯爵家は明るい未来に向かっていた。


 赤字だった財政は黒字に変わり、使用人たちも嬉しそうに笑顔になっていた。

 あの頃は鉱山の取引も順調だった。


 彼女が去ってからだ。


 少しずつ、歯車が狂い始めたのは。


 夫フランシスコは、早くから異変に気づいていた。


 エマが去ると共に、伯爵家の財政が厳しくなっていくのを、静かに見守っていた。


 そしてあの夜、私に言った。


 ――ルーナミント。隣国に行ってみないか。


 私は笑った。


 訳の分からないことを、と。


 モナコラ家は安泰。

 王家とも縁がある。


 息子はうまくやっている。


 そう信じていた。


 いや、信じたかった。


 夫は一人、隣国へ向かった。


「気が変わったら来い」とだけ言って。


 私は残った。


 息子のために。

 家のために。


 それが正しいと、疑いもしなかった。


 だが今――


 兵士たちが絵画を外し、家具に封印を施していく。


 私の居場所が、消えていく。


「退去を」


 冷たい声。


 私はゆっくりと玄関へ向かった。


 豪奢な階段。

 赤い絨毯。

 先祖の肖像画。


 すべてが、もう他人のもの。


 外へ出ると、領地の民たちが遠巻きに見ていた。


 憐れみと、好奇の目。


 私は空を見上げる。


 灰色の雲。


「どうすればいいの……?」


 息子は奴隷として帝国へ。


 夫は隣国に。


 私は、何も守れなかった。


 もし、エマを追い出さなければ。


 もし、息子を止めていれば。


 もし、夫の言葉に耳を傾けていれば。


 あの子がいてくれたら。


 エマが、ここにいてくれたら。


 こんな結末にはならなかったのではないか。


 遅すぎる後悔が、胸を締めつける。


 モナコラ伯爵家は終わった。


 それは、息子の罪だけではない。


 私の慢心。

 私の選択。


 その積み重ねの果てだ。


 これからどうすればいいの……。


 執事が私を心配そうに気遣ってくれる。


「奥様、一度、旦那様のところを訪ねられた方がよろしいかと」


 ◇

 

 その翌日、雨が降っていた。


 私は隣国に向かう辻馬車に、乗り込んでいた。


 夫が待っていると言う、スペイラ帝国のサンジャンの町を目指して。


 後悔だけを抱えながら馬車は進むのであった。

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