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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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第27話 エマ、パワーストーン店にて剣聖、ペネロペ皇女にプロポーズする

公爵令息、エマ、パワーストーン店に現れる



 ――扉の前で、私は一度だけ拳を握った。


 戦場で敵陣に踏み込むよりも、緊張している。


 だが、ここまで来たのだ。退くわけにはいかない。


 花束を抱え、扉を押した。


 ちりん、と澄んだ鈴の音が鳴る。


「いらっしゃいませ、ですわ」


 懐かしい声が、まっすぐ胸を射抜いた。


 声がした方に視線を向ける。


 入口正面のカウンター。


 そこに立っていたのは――銀髪の皇女、ペネロペ様だった。


 光を受けて揺れる銀の髪。

 柔らかな笑みに、可憐で可愛らしい姿。


 その右隣には桃色髪の女性がいるが、正直、今は些事である。

 私の視界は、ただ一人にしか向いていなかった。


 ペネロペ様は、私に気づくと目を丸くし、それからふわりと微笑んだ。


「あらら、フエルテ様ですわ」


 その笑顔だけで、ここへ来た意味があったと思える。


 店内の女性客たちの視線が、私たちに集まる。

 カウンターの奥には、紫髪の侍女メアリー。

 その隣に立つ短い青髪の護衛オサスナ。


 だが、私は当然のように――吸い寄せられるように

 ペネロペ様が待つカウンターへ近づいていた。


「お仕事中、失礼いたします」


「まあ、今日はどんなご用件なの、ですわ」


 ペネロペ様は、いつもの「ですわ」口調で小さく首を傾げる。


 私は、さっと花束を差し出した。


「花束をどうぞ」

「わたくしにかしら?」


 ペネロペ様は花束を受け取り、嬉しそうに破顔し、花束を見つめる。


「まあ、綺麗なの好きですわ」

「実は、本日……ペネロペ様に話があってまいりました」


「なにかしら?」


 無邪気に微笑む可愛いペネロペ様。

 この笑顔を見たら、もう、逃げられない。


 私は深く息を吸った。

 膝を着き、腕を差し出すように嘆願する。


「ペネロペ様。どうか、私と――結婚してください」


 突然のプロポーズ劇に、店内が静まり返る。


 一瞬、彼女の瞳が大きく見開かれた。


 それから。


「……ありがとう、ですわ」


 柔らかく微笑む。


 笑顔にまた胸が跳ねる。

 これは、上手くいくか!


 私は承諾の返事を期待した。

 しかし、結果は予想外のものだった。


「でも、プロポーズはお受けできないですわ」


 ……は? あの笑顔の後で、よもや断られるとは……。


「な、なぜ、ですか?」


 掠れるような声が出た。わずかに震えながら。


 彼女は、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「わたくし……真実の愛に目覚めましたの、ですわ」


 真実の、愛?

 え、相手は誰だ!


 私は、反射的に彼女の左隣を見る。


 侍女メアリー。

 その隣に護衛オサスナが見えた。


 まさか、あの男なのか……。


 私は無条件で、オサスナを睨みつけた。


「……貴様か?」


「お、俺じゃないっ!」


 オサスナが素っ頓狂な声を上げる。


「た、確かにペネロペ様は好きだが、それは護衛としてだ! 俺が好きなのはメアリーだ!」


 ……は?


 唐突な告白に、紫髪のメアリーが真っ赤になる。


「ちょ、ちょっと! な、なぜ今ここでそんなことを言うのですか!」


「だって誤解されたくないだろう!」

「そ、そうですけど……!」


「俺の気持ちを聞いて欲しかったから……」

「で、でも、時と場合を考えてくれないと……恥ずかしいわ」


 二人は顔を赤らめながら、もじもじとしている。なぜか幸せそうだ。


 なんか違う。そして、ちょっとむかつく。


 この男ではない。ならば、他に相手がいるはずだ。


 では、誰だ。


 私は次に、店の右側へ視線を移す。


 そこにいたのは――黒髪の大柄な男。


 ロドリゲス師匠だ。


 ま、まさか。


「……師匠?」


 私の視線に気づいた師匠は、苦笑しながら首を横に振った。


「それは無い」


 即答だった。


 では、誰だ。


 胸がざわつく。


 すると。


 ペネロペ様が、恥ずかしそうに隣の桃色髪の女性に抱きついた。


「わたくしの真実の愛は……お姉さまですわ」


 え?


 お姉さま?


 桃色髪の女性――エマが、苦笑する。


「ちょ、ちょっとペネロペ……」


 だがペネロペ様は、エマの胸に顔を埋め、ぐりぐりと甘えている。


「お姉さまはわたしの運命の人なのですわ」


 私は、言葉を失った。


 何だ、これは。


 私は思わずエマの近くへ歩み寄る。


 その瞬間、ロドリゲス師匠がすっと間に入ろうとした。


 これ以上先は、師匠が止めに入る危険エリアだ。

 だから、本能的に察し、私は、その場で立ち止まる。


「……エマ殿」


 声が低くなる。


「折り入ってお願いがあります」


 そして、私は頭を下げた。


「どうか……ペネロペ様と別れてください。お願いします」


 店内が凍る。


 私が顔を上げると、ペネロペ様が不満そうに頬を膨らませている。

 子リスみたいに可愛い。


「それは無理ですわ」


 即答だった。


「お姉さまとわたくしは一心同体なのですわ」


 再び、お姉さまっと言って、ぐりぐりと甘える。


 エマは困ったように笑いながらも、やがて真顔になる。


「ペネロペ、ちょっと待って」


 彼女は優しくペネロペ様を引き剥がすと、メアリーに預けた。


「メアリー、はい、お願いしますね」


 そして、私に向き直る。


「応接室で話しましょう」


 ロドリゲス師匠も無言でついてくる。


 ◇


 応接室。


 茶が出される。


 私は、手をつけられない。

 今は、お茶を飲む余裕さえもない。


 エマが静かに口を開いた。


「ペネロペを想うあなたの気持ちは、わかるわ」


 私は顔を上げる。


「でもね。彼女は最近、婚約破棄されたばかりなの」


 婚約破棄、その言葉に胸が、わずかに痛む。


「そんなことがあったのに、すぐに、はい次の婚約、なんて気持ちに移れるわけないの」


 静かな声。だが、説得力のある力強さを感じる。


「わたしも、同じことがあったらわかるわ」


 エマの瞳は、どこか遠くを見ていた。


「彼女を想うなら、今はそっと見守ってあげてほしいの」


 拳が震える。


「……婚約破棄は、それほど……」


「ええ、心の底からすべてが壊れるほど、ショックよ」


 はっきりとした声。


「たとえ好きでもない相手との婚約でも。覚悟を決めて嫁ごうとしていた努力が、全部消えたの」


 喉が詰まる。


「自分の存在ごと、否定された気持ちになるのよ。あれは落ち込むわ……」


 私は、ぶるりと震えた。


「……そこまで、傷ついているのですか」


「ええ、ペネロペは酷く泣いていたわ。

 悲しみが深すぎて生きていけなくなるかと心配になったわ……」


 あまりにも酷い現実。


 私の心の中で、もやっとする何かが生まれるのを感じた。

 だから、立ち上がった。


 そのもやっとするものの正体は、婚約破棄したフランス王国の王子への怒りだ。

 ペネロペ様になんて酷いことをしたのだ!


 許せない。たとえ、王族でもやって良いことと悪いことがある。

 帝国を、皇女を侮辱するにも限度がある……。


 悲しんで泣いているペネロペ様を想像し、私の怒りは限界に達した。


「王国へ行きます」


「え?」


 エマが驚きの声をあげる。


「ペネロペ様を傷つけたフェリップ第二王子を斬りに行きます」


 言い切った。


 ロドリゲス師匠が、「あちゃー」という感じに呆れたように額を押える。


 ◇


 私は応接室を出る。


 そして、ペネロペ様の前に立って宣言する。


「あなたの無念、私が打ち払います」

「え?」


 彼女が戸惑いながら目を丸くする。


「ペネロペ様、本日は火急の用事ができたので、これにて失礼します」


 私は別れの挨拶を終え、出口に向かい声を張り上げる。


「フェルミン、馬車の準備だ! フランセ王国へ向かう!」


 胸の内は、燃えていた。


 恋が叶わぬのなら。


 せめて、彼女の涙の原因を断つ。


 それが振られた男ができる、私の答えだ。


 初夏の風が、店の扉を揺らす。


 私は振り返らず、そのまま外へ出た。


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