閑話11 父フランシスコ視点 大金を手に入れる素晴らしい計画2
フランシスコ視点 大金を手に入れる素晴らしい計画2
アンドレオが去った後、再び伯爵家の書斎の重い扉が閉じられた。
壁一面の書棚、私のコレクションが並べられている。
だが今、私の関心はそこにはなかった。
私付きの老執事トーマスが、避妊薬の瓶を手渡してきたのだ。
父である前伯爵に仕えていた執事だ。
髪はすべて白くなり、顔の皺が深くなっている。
私の幼少期から仕えてくれている忠臣である。
「これはなんだ?」
机の上の薬瓶を見ながら訝しげに問う私に、トーマスは頭を丁寧に下げる。
「ご主人様、申し訳ございません。どうやら避妊薬とお茶を間違えて、
アンドレオ様の朝食に入れていたようです」
トーマスの言葉に、私は一瞬、驚きもしながら、このよくできた執事らしいと微笑した。
「なぜ今、報告したのだ」
トーマスは頭を上げる。私と目が合うが、無表情のままだ。
「アンドレオ様の名誉のためです。そして、モナコラ伯爵家にはエマ様が必要だと考えた次第です」
トーマスはエマとアンドレオの間に子供ができ、
ずっとエマがモナコラ伯爵家のために働いてくれる未来を想像していたのだろう。
伯爵家と領民にとっては幸せな選択かもしれない。
だが、それは私にとっては地獄でしかない。
だから、エマを追い出す方向で動いたのである。
「ご主人様、この老骨トーマスの最後のお願いです」
「なんだ、言ってみろ」
「どうか、今度の計画を考え直してください」
「嫌だと言ったら」
「ご主人様を止められなかった責任を持って、引退を考えています」
「この屋敷から出ていくつもりなのか?」
「はい」
トーマスは小さくうなずいた。
その言葉に私は迷う気持ちはなかった。
モナコラ伯爵家はもう後には戻れないのだ。
この計画が上手く行かなければ、早晩、伯爵家は取り潰しになるだろう。
ならば、この計画は最後の賭けである。
「計画の変更はない。トーマス、今までご苦労だった」
私の言葉に、トーマスはやはりかと言うような諦めの表情を浮かべた。
「ご主人様、長い間、お世話になりました」
執事トーマスは深々と頭を下げ、静かに書斎から出ていった。
◇
トーマスが去った。
私は窓から外を見ると、暗闇で何も見えない。
ただ、闇の中から雨音だけが、まるで魔物の鳴き声のように不気味に感じる。
そして、部屋の入口にいる人の気配に気が付いた。
扉の前に立つ男を見て、私は指先で机を軽く叩いた。
「入れ」
入ってきたのは、赤髪のジン。
三十五歳。元冒険者で、今は伯爵家の臨時の使用人をしている。
傷だらけの体と、余計な感情を持たない目をしている。
こういう男は、使える。
私の感がそう囁いている。
「報告しろ」
ジンは膝をつき、簡潔に口を開いた。
「北西奥山、第三尾根の向こう。
……巣は、ありました」
私は、思わず立ち上がった。拳に力を入れながら先を促す。
「そ、それで卵は?」
「遠目ですが――白く、大きな影を確認しました。
数は一つ。巣の中央にある可能性が高いです」
胸の奥で、久々に血が巡る感覚がした。
(……あった)
やはりだ。
天は、私を見放してはいなかった。
「ですが――」
ジンは言葉を切り、続ける。
「近づけません。
縄張りの境界を越えた瞬間、空気が変わりました。
あれは……入ったら、死にます」
ふむ、と私はうなずいた。
「ドラゴンの姿は?」
「ありました。スカイドラゴンの成体。
完全に根を下ろしています」
「なるほど」
私は椅子にもたれ、指を組んだ。
「私は今まで二度、失敗した」
唐突な言葉に、ジンは私の顔をじっと見る。
「スカイドラゴンの習性を本だけの知識で動いたことが、敗因だった」
私は、静かに語り続ける。
「欲を出し、力で奪おうとした。
派遣した部隊は近づき、戦い、そして、一瞬で死んだ」
机の上を無造作に指でなぞる。
「スカイドラゴンは、強く、そして賢い。
だからこそ、正面からは奪えない」
私は、顔を歪めながら忌々し気に呟く。
「だが、チャンスはある――巣を空にするときが狙い目だ」
ジンの眉が、わずかに動く。
「食事だ。
狩りに出る時間は、必ずある」
「……その間に?」
「そうだ」
私は、ためらいなく言った。
「その間に奪うのだ」
沈黙。
ジンは、しばらく考え込み、やがて口を開いた。
「実は、ある情報提供者からの話なのですが……」
「言ってみろ」
「はい、実はドラゴンの卵をコピーする魔法を使える人物に心当たりがあります」
懸念だったのが、巣から卵を奪い去った後、どうやってドラゴンから逃げきるかだった。
もし、卵に似ている物とすり替え、
ドラゴンにバレなければ、計画が成功する可能性がかなり高くなる。
「そ、それは本当か!」
喜びの声を挙げる私に、ジンは力強く頷いた。
「ただし、条件があるそうです」
「なんだ、言ってみろ」
「ドラゴンの卵に興味あるようで、
もし譲ってくれるのなら、多額の報酬金を出すと言っております」
私は訝しげな目でジンを見つめた。
ドラゴンの卵を欲しがる人物はたくさんいる。
これは彼の罠なのでは……。
だが、ジンの話の続きを聞かなければ、真相はわからない。
「わかった。金額によっては譲ろうではないか!」
「あと、もう一つの条件があります。依頼主は領地を出られないので、持ってきてほしいと」
「遠いのか?」
「いえ、近いです。隣の侯爵様です」
「ま、まさか、側妃さまの実家では……」
「よくお分かりで、さすが前伯爵様」
ジンは感心したようにうなずいた。
私は自分に運が向いていることに思わず口角が上がった。
側妃さまの実家といえば、ニオール侯爵、
娘のアンネット様が国王の側室になったことで、伯爵から侯爵へと身分が上がった家である。
ニコール侯爵家は、裕福なので有名な家だ。
「ニオール侯爵家なら、良い取引ができそうだな」
私はにやりと微笑んでしまう。
これでモナコラ伯爵家に何か起こってもお金で困ることはない。
私は、ふとアンドレオに届いた書簡を思い出した。
赤い封蝋。
王家の紋章。
――召還状。
この計画をアンドレオがいない間に進めるには好都合だ。
「ジン」
「はい」
「息子のアンドレオは、王城に呼び出されている」
彼の顔色が、わずかに変わった。
「……それは」
「今が計画の絶好のチャンスだ」
私は、正直に言った。
「アンドレオのやつが、王城でどうなるかわからない。最悪なことになる前に、
すべての計画を終わらせたい」
伯爵家がなくなる前に、完結する必要が――。
「時間がない」
私は、机を叩いた。
「卵を手に入れ次第、売る。もちろん、私も同席する。
隣国へ脱出する準備も進めろ!」
ジンは、頭を下げた。
「かしこまりました」
「お前には、ドラゴンの卵奪取、実行部隊の指揮を任せる」
「……承知しました」
彼が退室した後、執務室には私一人が残った。
外では雨音が聞こえる。
ポツポツという音が、今の私には何か不気味な生き物の声に感じ、
ぞっとするのだった。
◇
その後、私は、妻ルーナミントの寝室を訪ねた。
「隣国へ行かないか?」
単刀直入に言うと、彼女は驚いた顔をした。
「……いつ頃?」
「近日中だな」
「アンドレオは?」
息子の名前に、胸が一瞬だけ痛んだ。
「アンドレオは後から来るさ」
ルーナミントは首を小さく左右に振る。
「……私はアンドレオが戻ってくるのを待って、一緒に行くわ」
きっぱりとした声だった。
私は、それ以上、何も言わなかった。
(王城で何事もなければいいが……)
息子は、愚かだ。
だが、死んでいい存在ではない。
再び書斎に戻り、私は一人、窓の外を見た。
暗闇で何も見えないが、あの闇の先には、北西の山がある。
その奥に、すべてがある。
ドラゴンの卵、それはまさに金の卵だ。
そして、私が生き延びるために必要な道。
これからいよいよ――ドラゴンの卵を巡る戦いが始まるのだ。
「これで三回目だ!」
私は、拳に力を入れ、計画に向けての決心を低く呟いた。
ドラゴンの卵奪取作戦。
失敗は、許されない。
これが成功すれば、私は救われる。
失敗すれば――すべてが終わる。
だが、不思議と迷いはなかった。
(今度は絶対に上手く行く)
そんな予感を信じながら、私は次の命令を書き始めた。
三度目ともなれば、必ず成功する。
そして、今度こそ――私が、勝利を掴み取るのだ。




