第22話 エマ、天眼石に付与する夜の工房
エマ、天眼石に付与する夜の工房
夜も更け、店の表通りから人の気配が完全に消えた頃。
夕食を終えたペネロペたちが二階の寝室に戻り、護衛のオサスナも部屋に戻っていた。
エマは工房にひとり残り、淡い魔力灯の下で付与作業を続けていた。
机の上に並ぶ天眼石。
それぞれに刻まれた魔法陣が、呼吸するように微かに光を放っている。
「……もう少し」
集中したまま、エマは手をかざす。
結界用の付与は、精細な工程が必要で、神経を削る。
だが、手は止めなかった。
――コン、と扉を叩く音がした。
「エマ。まだ作業しているのか?」
ロドリゲスの声だった。
「入るぞ」
「ええ、どうぞ」
扉が開き、彼が湯気の立つカップを二つ持って入ってくる。
「もう休め。根を詰めすぎだ」
「……ありがとう」
差し出されたカップを受け取ると、ハーブティーのやさしい香りが鼻をくすぐった。
「ちょうどよかったわ」
エマは作業台の横から、布に包んであったものを取り出す。
「これ、頼まれていた籠手」
包みを解くと、鈍く光る鋼の籠手が姿を現した。
表面には目立たない魔法刻印が走っている。
「防御付与を重ねてあるわ。衝撃吸収と、斬撃軽減。
効果の大きさは……正確には測れないけど、かなり高いと思うわ」
ロドリゲスは籠手を受け取り、しばらく無言で眺めたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「いい出来だ……助かる」
それは、いつもよりもずっと重い感謝だった。
「ねえ、ロドリゲス」
エマはカップを持ったまま、ふと首をかしげる。
「護衛料、本当にこれでいいの?
一日一回の付与だけで済むなんて」
「金なら足りてる」
即答だった。
「それより、今は付与アイテムのほうが必要だ」
「そんなに?」
「ああ」
ロドリゲスは篭手をはめ、拳を軽く握る。
「一番効果が高い付与を見つけて、最強の装備にしたい」
エマは曖昧にうなずいた。
「……そんなに強くなりたいんだ」
「剣士が強さを追求しなくなったら、転職を考える時だ」
「そうなのね……」
それから少し間を置いてから、ぽつりと言う。
「それなら、ミスリルを見てみたいな」
「ミスリル、か」
ロドリゲスは考え込むように腕を組んで視線を下に向ける。
やがて小さくうなずいた。
「そうだな、貴重な鉱石だが……その選択もありだな。
心当たりがある。近いうちに用意しよう」
エマは貴重な鉱石ミスリルをあっさり用意するというロドリゲスの言葉に驚く。
だから、自然と言葉が出る。
「……ねえ」
エマは彼を見上げる。
「ロドリゲスって、何者なの?
ただの冒険者じゃないでしょう」
ロドリゲスは首を左右に振った。
「俺はただの冒険者だ」
だが、その目が、ふと冷たく光る。
「……復讐に燃えた、な」
一瞬。
ぞっとするほどの殺気が、工房の空気を凍らせた。
「スカイドラゴン。
俺のすべてを奪ったあいつだけは、許せない!」
エマは、言葉を失った。
沈黙が落ちる。
やがて、エマはそっと話題を変えた。
「……復讐が終わったら、どうするの?」
「考えていない」
ロドリゲスは正直に答え、少しだけ笑った。
「もし許されるのなら……今のような生活を続けたいな。
ここは、居心地がいい」
その視線が、まっすぐにエマを捉える。
胸が、きゅっと締まった。
「わたしも……」
エマは小さく息を吸う。
「ロドリゲスがいてくれると、楽しいわ」
一歩、距離が縮まる。
互いの息が、触れそうになる。
――だが。
ロドリゲスは、そこで立ち止まった。
「……すまない」
静かに、距離を取る。
「俺には、誰かを愛する資格がない。
今は復讐することが、すべてなんだ」
悲しげに、しかし決意を宿した目。
「スカイドラゴンは強敵だ。
生き残れる可能性は、低い」
背を向け、工房の扉へ向かう。
「そんな俺が、誰かを愛することはできない」
扉が閉まる。
残されたエマは、その後ろ姿をじっと見つめ――
「……いくじなし」
そう、小さく呟いた。
工房には、夜の静けさだけが残っていた。




