第18話 エマ、パワーストーン店の美人店員
エマ、パワーストーン店に美人店員
その噂が、街の片隅からじわじわと広がり始めたのは、ほんの数日後のことだった。
「ねえ、聞いた?」
「何を?」
「例のパワーストーンの店員よ。綺麗な銀髪のメイド服の子がいるって」
エマの店――工房併設のパワーストーン店は、人気だ。
落ち着いた色合いの石を丁寧に並べ、相談に乗りながら一つずつ腕輪や護符を仕立てる。
聖女エマの力により、付与魔法が掛けられ、能力値が上がるアイテムができる。
冒険者を中心に流行っていた。
そこに、突如として現れた“噂”。
「笑うと天使みたいなんだって」
「接客がですわ口調で、すごく可愛い」
「どこか育ちの良さが隠しきれてないって……」
そう。
噂の銀髪のメイド服のスタッフ――
その正体は、身分を隠して働く皇女ペネロペその人だった。
もちろん、本人は至って真面目である。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「こちらの石は、心を落ち着かせる効果がございますの、ですわ」
お嬢様なですわ口調に、ふわりとした微笑み。
メイド服はメアリーが仕立てたもので、上品さを残しつつも店に溶け込むデザインだった。
その横では、
「こちらでお会計を承ります、ありがとうございました」
紫髪に茶の瞳の侍女メアリーが、完璧な所作で立ち働いている。
――当然のように。
誰もが疑わなかった。
まさか、皇女とその侍女が揃って店員をしているなど。
◇
だが、世の中には節度というものを知らない者もいる。
「ねえ、君、可愛いね。手、冷えてそうだね、温めてあげる?」
そう言って、ペネロペの手を握ろうとした男がいた。
「……!」
瞬間。
かちり、と空気が凍る。
「その汚い手を、放せ」
低く、鋭い声。
短い青髪の護衛、オサスナ=ビジャレナルが、男の首元に剣先を突きつけていた。
「次は、斬る」
「ひ、ひぃっ……!」
男は真っ青になり、転げるように逃げ出す。
「オサスナさん! やりすぎです!」
エマが慌てて止めに入る。
「そんなことをしたら、お店に誰も来なくなります」
「構わない」
オサスナは真顔だった。
「近づく男は、すべて斬るべきだ」
「それは極論です」
そこへ、
「さすがに、やりすぎだぞ」
黒髪のロドリゲスが、深いため息をつきながら割って入る。
「警備は大事だが、騒ぎを大きくするな」
「しかし……」
「しかしも何もない」
ぴしり。
オサスナは不満そうに剣を納めた。
「……今日もペネロペ様は可愛い」
「それは同意しますが」
メアリーが即座に返す。
「護衛が切り捨て御免を連発しては、いけません」
「む」
「む、ではありません」
二人のやり取りに、エマは思わず苦笑した。
◇
――なぜ、こうなったのか。
それには、経緯がある。
ペネロペがお店に来た翌日。
「帝都への正式な報告が必要です」
そう言われ、彼女は一度、護衛のオサスナに半ば強引に連れられて帝都へ戻った。
だが。
二週間後。
「……静養が必要、と診断されましたの、ですわ」
そう言って、何食わぬ顔で戻ってきたのである。
「静養……?」
「はい、ですわ」
その“静養先”が、なぜかエマの店だった。
そして、お姉さまのお店を手伝いです。
と半ば強引に押しかけスタッフになったのだ。
今では、店の裏にある工房の二階で、メアリーと共に寝泊まりしている。
◇
工房の横には、小さなダイニングエリアが増設された。
理由は単純だ。
皇女を外食させるとなると、警備が大変すぎる。
それに。
「……実は、料理が得意なんです」
エマは、照れるように言った。
前世の記憶を利用し、実家ではよく料理をしていた。
だが、モナコラ家に嫁いでからは、
――伯爵夫人が料理を作るなど、品がない。
そう言われ、キッチンに立つことを禁じられた。
領地改革で忙殺されていた当時は、それどころではなかったが、
今は、違う。
◇
仕事を終え、夕食の時間。
今日の担当は、エマ。
「今日は、パスタです」
テーブルを囲むのは、
桃髪の二十五歳、エマ。
紫髪の二十二歳、メアリー。
銀髪の十八歳、ペネロペ。
黒髪の三十歳、ロドリゲス。
短い青髪の二十五歳、オサスナ。
「まあ……」
ペネロペの目が輝く。
「今日のお姉さまの料理、美味ですわ」
「口に合ってよかったです」
「毎日これで良いですわ」
「却下だ」
ロドリゲスが即答する。
「俺は、肉料理も食べたい」
「……厳しいですわ」
「当然だ」
「ペネロペ様は今日も可愛い」
オサスナが真顔で言う。
「だからといって、斬るのはダメです」
メアリーがぴしり。
「だが――」
「だが、ではありません」
二人は顔を見合わせ、同時にふいっとそっぽを向いた。
「……仲良しですね」
エマが言うと、
「別に」
「仲良くありません」
声が重なった。
「ふふ」
ペネロペが微笑む。
「ここは、とても温かい場所ですわ」
エマは、そっと笑った。
皇女ではなく、妹として。
姉として。
そんな時間が、今夜も静かに流れていた。




