閑話3 フェリップ第二王子 断罪される
フェリップ第二王子 断罪される
王城の国王執務室。
分厚い扉が閉じられた瞬間、外の喧騒は完全に遮断された。
広い室内には、長い楕円形の卓。
その上座に座るのは、フランセ王国国王――アルベルト=フランセ。
金色の髪に蒼い瞳、老獪な眼差しで卓の向こうを見据えている。
右手には宰相、ローデリック=ヴァルツ。
数十年にわたり王国外交を支えてきた老臣だ。
そして――
下座に立たされているのが、第二王子フェリップ=フランセ。
舞踏会の時の勢いは、すでにない。
背筋は伸びているが、拳はわずかに震えていた。
「……説明せよ」
最初に口を開いたのは、国王だった。
声は低く、抑えられている。
だが、それが怒りを孕んでいることは、誰の目にも明らかだった。
「なぜ、あの場で、あのような発言をした」
フェリップは、唇を引き結ぶ。
「父上……それは――」
「言い訳は、後だ」
国王は、ぴしゃりと言い放った。
「まず事実を述べよ。
舞踏会の場で、帝国皇女との婚約を破棄すると宣言した。
――それで、相違ないな?」
「……はい」
短い返事。
その瞬間、宰相ローデリックが、静かに息を吐いた。
「……愚か者が」
呟きは小さいが、鋭い。
ローデリックは、書類を一枚、卓に置いた。
「分かっているのか、第二王子殿下。
あの婚約が、何のために結ばれていたか」
「それは……和平と、友好のため……」
「違う」
宰相は、即座に否定した。
「抑止だ、皇女は言わば人質のようなものだ」
フェリップの顔が、わずかに歪む。
「スペイラ帝国は、軍事、経済、技術、すべてにおいて我が国を上回る。
その帝国が、フライセ王国を『敵に回さない』と保証していたのが、その婚約だ」
ローデリックは、淡々と続ける。
「それを、貴殿は――
感情一つで、踏み潰した」
沈黙。
国王は、重くうなずいた。
「ペネロペ皇女が、どのような人物か。
我らは、十分に調べていた」
その視線が、フェリップを射抜く。
「まだ若くて、口調に幼いところはあるが、根は優しい皇女。
帝国と王国の架け橋を担うに足る人物だ。
――そして、決して軽んじてよい存在ではない」
「ですが……妹を、マリーナを傷つけたのは事実です!」
フェリップは、思わず声を荒げた。
「王女としての誇りを踏みにじり、笑い者にして……!
兄として、黙って見過ごせと仰るのですか!」
国王は、ゆっくりと目を閉じた。
「……あのな、フェリップ」
そして、低く告げる。
「王族に、兄も妹もない」
フェリップは、息を呑んだ。
「あるのは、王国に益か否か。
それだけだ」
宰相が、追い打ちをかける。
「第一王女殿下が屈辱を覚えたのは事実でしょう。
だが、それは宝石の価値を見誤った――彼女自身の失策でもある」
「……!」
「外交の場で、感情を優先する者は、必ず国を危険にさらす」
ローデリックの声は、冷酷だった。
「それを、よりにもよって、殿下がやったのです」
フェリップは、歯を食いしばる。
「……では、私は、どうすればよかったのですか」
絞り出すような声。
「帝国皇女が、妹を嘲るのを、黙って見ていろと?」
国王は、即答した。
「そうだ」
「……っ!」
「それが、王族だ」
断言だった。
「屈辱を飲み込み、笑みを浮かべ、国のために頭を下げる。
それが、王家に生まれた者の義務だ」
長い沈黙。
やがて、国王は、静かに告げた。
「フェリップ=フランセ。
そなたに、処分を言い渡す」
フェリップの背筋が、ぴんと伸びる。
「当面、第二王子としての謹慎処分を命じる。
王城外への外出は、許可制とする」
「……っ!」
「さらに」
国王の声が、重くなる。
「帝国への正式謝罪文は、そなた自身の名で書け。
拒否は許さぬ。くれぐれも帝国を怒らせるなよ」
宰相が、冷たく付け加えた。
「拒否すれば、王位継承権の剥奪も、現実的な選択肢となります」
フェリップは、言葉を失った。
――そこまで、なのか。
国王は、最後に言った。
「この国は、そなた一人の感情のために滅びるわけにはいかぬ」
そして。
「……下がれ」
フェリップは、深く、深く頭を下げた。
その背中に、もはや王子としての威光はない。
扉が閉じた後。
宰相は、低く呟いた。
「……帝国は、必ず動きますな」
国王は、苦々しく答えた。
「ああ、動くだろうな。その前に帝国との関係を、これ以上、悪化させないことだ。
まずはマリーナの婚姻を急がせるか……」
ノンオイルのエメラルドが輝いた夜は、
フライセ王国にとって、
取り返しのつかない分岐点だった。




