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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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第15話 ペネロペ皇女視点 婚約破棄される。

皇女ペネロペ 婚約破棄される




 ざわめきが、まだ完全に収まらぬ中だった。


 会場の奥――王族席へと続く赤絨毯の上を、ゆっくりと歩いてくる影がある。


「……あれは」

「第二王子殿下……?」


 フライセ王国第二王子、

 フェリップ=フランセ。


 端正な顔立ちに、金糸を織り込んだ正装。

 だが、その腕には――


「……誰?」

「見慣れない少女ですわね……」


 金色の髪を持つ、まだあどけなさの残る少女が、ぴたりと寄り添っていた。


 淡い黄色のドレス。

 豪奢ではないが、丁寧に仕立てられている。

 視線は伏せがちで、怯えと期待が入り混じったような表情。


 ――ジュリエット。


 その名が、ひそひそと会場を巡り始める。


 ペネロペは、フェリップの姿を認めた瞬間、わずかに目を細めただけだった。

 驚きも、動揺もない。


「……あらあらですわ」


 まるで、遅れてきた招待客を見るような声音。


 一方で、フェリップの顔には、露骨な苛立ちが浮かんでいた。

 歩み寄るにつれ、その視線はまっすぐ、ペネロペへと突き刺さる。


 やがて、二人の距離が数歩に縮まった、その時。


「――いい加減にしてもらおうか」


 低く、しかしはっきりとした声が、舞踏会場に響いた。


 ざわり。


 音楽が止まり、会話が消える。


 全員が、固唾を呑んで成り行きを見守る中で――

 フェリップは、ペネロペを睨みつけた。


「帝国の皇女殿下ともあろうお方が、妹をここまで貶めて、恥ずかしくないのか」


「……妹、それはどういう意味かしら?」


 ペネロペは、わずかに首を傾げる。


「言いがかりですわ?」

「白々しい!」


 フェリップの声が荒くなる。


「マリーナに対して! お前は、あの子の誇りを踏みにじった!

 宝石を使って、嘲笑って……!」


 会場の視線が、一斉にペネロペへと集まる。


 だが彼女は、涼しい顔で答えた。


「事実を申し上げただけですわ」

「……っ!」


「宝石の価値を語るのは、舞踏会ではごく普通のこと。

 それを屈辱と感じられたのであれば――」


 にこり。


「それは、妹君ご自身の問題ですわ」


 フェリップのこめかみに、青筋が浮かんだ。


「……その尊大な態度だ!

 帝国の血筋だか何だか知らないが、ここはフライセ王国だぞ!」


 彼は、ぐっとジュリエットの肩を引き寄せる。


「私は、もう決めた。

 お前のような女とは、結婚など考えられない」


 会場が、どよめく。


「なにを……」

「まさか……」


 フェリップは、さらに声を張り上げた。


「妹を傷つけ、王国の面目を潰すような女より――

 私は、このジュリエットと結婚する。そう、彼女を愛している!」


 突然の告白に、ジュリエットはびくりと肩を震わせた。


「フェ、フェリップ様……」


「彼女は、純粋で、優しく、誰かを踏みにじって笑うような真似はしない!」


 そして――


「よって、ここに宣言する。

 ペネロペ=スペイラとの婚約は――破棄する!!」


 その瞬間。


 会場は、凍りついた。


 王子による、公開の婚約破棄。

 しかも相手は、帝国皇女。


 外交的に、致命的な一言だった。


 ――だが。


 ペネロペは。


 次の瞬間、扇子で口元を隠し、くすりと笑った。


「……まあ」


 そして、はっきりと。


「それは、光栄ですわ」


「な、に……?」


 フェリップが、眉をひそめる。


 ペネロペは、ゆっくりと扇子を下ろし、真っ直ぐ彼を見据えた。


「浮気を公衆の面前で正当化なさる殿方など――

 こちらこそ、願い下げですわ」


 ざわっ、と空気が揺れる。


「あなたが愛しているというその方。

 婚約者のいる男性の腕にすがることを、恥とも思わないのなら――」


 視線が、ジュリエットへと向く。


 少女は、青ざめてうつむいた。


「……随分と、お似合いですわ」


 フェリップが、怒鳴る。


「侮辱するな! 彼女は被害者だ!

 お前のような女に、怯えて――」


「被害者って面白い冗談ですわ?」


 ペネロペは、静かに首を振った。


「選んだのは、彼女自身ですわ」


 その声は、冷たく、鋭い。


「そして、あなたも。

 自ら王族としての責任を捨て、感情に溺れた。

 ――それだけのことですわ」


 数秒の沈黙。


 やがて、会場のあちこちで、ひそひそ声が再び立ち始める。


「……皇女殿下の方が、正論では?」

「王子殿下、さすがに軽率すぎる……」

「帝国との関係は……?」


 フェリップは、周囲の反応に気づき、顔色を変えた。


「黙れ……!」


 だが、もう遅い。


 ペネロペは、最後に一礼した。


「本日の舞踏会、大変楽しませていただきましたわ。

 ですが――」


 視線を、王族席へ向ける。


「この婚約破棄、正式な手続きは、後日。

 帝国としても、相応の対応を取らせていただきますわ」


 その一言で、事の重大さを理解した者たちは、息を呑んだ。


 外交問題。

 王国と帝国の関係悪化。


 すべてが、この夜から始まる。


 ペネロペは、背を向け、静かに歩き出した。


 その首元で――

 ノンオイルのエメラルドが、変わらず、誇らしく輝いている。


 ――そして。


 この夜を境に。


 フライセ王国を揺るがす、

 婚約破棄の余波が、本格的に幕を開けるのだった。

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