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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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第12話 ロドリゲス視点 ロドリゲスの過去

ロドリゲスの、どうにもできない気持ち



 エマが、戻ってこない。


 ディアス=ランス伯爵の城へ向かったまま、夜になっても……


 その場にいたので用向きは分かっていた。

 昔の縁。積もる話もあるのだろう。

 だから俺は、ただ見送ることしかできなかった。


 ――俺は止められる立場じゃない。


 そう自分に言い聞かせていたはずなのに、胸の奥のざわめきは、時間を追うごとに強くなっていった。


 嫌な想像ばかりが、勝手に浮かぶ。

 あの男の城だ。

 貴族の世界だ。

 そして、彼女の「過去」が、そこにはある。


 考えまいとしても、無理だった。


 その夜、俺はサンジャンの町の酒場にいた。


 理由は単純だ。

 酔ってしまえば、少しは頭が鈍ると思った。


 安酒を煽り、カウンターに肘をついていると、背後から声がした。


「こんばんは、ロドリゲスさん。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」


 懐かしい声だった。


 振り返ると、そこにいたのは――懐かしい顔だった。


 短く整えた青い髪。

 少し軽そうな笑み。

 年の頃は、二十五前後だろうか。俺より、五つほど若い。


「……え、もしかして忘れましたか?」


 そう言って、肩をすくめる。


「オサスナ=ビジャレナルですよ」


 一瞬の沈黙のあと、記憶がつながった。


「……ああ。オサスナか」


「ひどいなあ。五年しか経っていないのに、忘れるなんて?」


「忘れてないぞ。久しぶりだな」


 俺がそう返すと、オサスナは嬉しそうに笑い、向かい側の席に腰を下ろした。


 軽く酒を注文し、杯を鳴らす。


 他愛のない近況を少し交わしたあと、俺は直球で聞いた。


「で。俺に何の用だ」


 オサスナは一瞬だけ目を伏せ、苦笑いした。


「……さすがに、バレてしまいますか」


「お前がこんな町にいる理由なんて、限られてる」


 すると、彼は声を落として言った。


「聖女エマの件で、ある方の護衛に来ているのです」


 胸の奥が、嫌な音を立てた。


「……お前が出てくるってことは」


 俺は、杯を置いた。


「まさか、皇帝陛下か?」


 オサスナは、ゆっくりと首を左右に振った。


「それだったら、まだ良かったんですが」


 その言葉だけで、察してしまった。


「……まさか」


 オサスナは、はっきりとうなずいた。


「はい。ロドリゲスさんが想像されている方です」


 俺は、はあと息をついた。


「……お前も、大変だな」


 それ以上、言葉が出なかった。


 俺は黙って酒を勧め、オサスナも何も言わずに杯を取った。


 酒の味は、相変わらずよくわからなかった。


 ◇


 酔いの中で思い出す――最初に彼女を見たのは、いつだったか?


 フランセ王国からスペイラ帝国へ向かう辻馬車の護衛。

 珍しくもない依頼で、俺にとっては日常の延長にすぎなかった。


 街道で馬車が止められ、盗賊が姿を現したときも、正直なところ緊張はなかった。

 数を見れば大したことはない。


 剣を抜き、一歩前に出る。

 いつも通り、追い払えば終わる話だ。


 ――そして、数人の盗賊を倒し、仕事を終えた。


 盗賊が散り散りに逃げ、馬車の扉が軋む音を立てて開いた瞬間、

 俺は一瞬、言葉を失った。


 中から降りてきた女性が、あまりにも綺麗だったからだ。


 桃色の髪に、とても印象的な紫水晶の瞳、その瞳に魅了された。

 派手さはないのに、不思議と目を引く。

 それ以上に、佇まいそのものに、静かな気品があった。


「……ありがとうございました」


 そう言って頭を下げた彼女――エマ。


 礼儀正しい声音。

 だが、俺が気になったのが、彼女が一人で馬車に乗っていたことだった。


 どうみても貴族のお忍びにしか見えない彼女に、護衛も、従者もいない。

 それなのに、怯えきっている様子もない。


 ――強がっているわけでもない。

 ただ、どこか寂しそうな雰囲気はあった。


 その空気が、妙に胸に残った。


 それきりだ。

 仕事は仕事。そう割り切って、その日は別れた。


 ……なのに。


 数日後、街の一角で露店を見つけたとき、

 俺は無意識に足を止めていた。


 簡素な机に並べられた腕輪や首飾り。

 その奥に立っていたのが、あの時の女性だった。


「……あ」


 向こうも俺に気づき、小さく目を見開く。


 それだけで、胸の奥がほんのり温かくなる。

 そんな自分に、内心で苦笑した。


 客として訪ね、他愛のない会話を交わした。

 それだけなのに、時間が妙に心地よかった。


 初めて見た時から、気になっていた。

 だから、思い切って食事に誘った。


 断られたら、それまで。

 だが、彼女は少し驚いたあと、柔らかく微笑んでうなずいた。


 夕食の席で、彼女の過去を聞いた。


 ――元貴族。


 予想通りなのですぐに納得した。

 あの気品。言葉遣い。立ち居振る舞い。


 だが、驚いたのはそこじゃない。


 彼女がすべてを失い、今は一人で生きているという事実だった。


 語り口は静かで、恨み言もない。

 それが、かえって胸に刺さった。


 ――なんて強い人だ。

 それと同時に、元夫に対して苛立ちと嫉妬を感じた。


 そして、印象的だった出来事は、彼女から買った腕環を身につけて訓練所に向かった時のことだ。

 正直、驚いた。


 剣を振った瞬間、いつもと違う動きに戸惑いを感じた。


 身体が軽い。

 剣の振りがいつもより速い。


 ……ありえない。

 だが、現実だった。


 俺は確信した。

 彼女は、特別な存在なのだと。


 それから何度も顔を合わせた。

 会話も増え、距離も縮まった。


 気づけば、彼女の工房に立ち寄る機会が増えた。


 ――近づけたと思っていた。

 いや、そう信じたかった。


 彼女の隣に立つ自分を、自然に想像できるくらいには。


 そして、いつしか思っていた。


 彼女の一番になりたい、と。


 だが、その想いは――

 俺自身の過去と、切り離せるものじゃなかった。


 ◇ 


 俺は、もともとスペイラ帝国西側の田舎にあるコルトバ男爵家の令息だった。


 悲劇が起きたのは、五歳のときだった。

 突然、スカイドラゴンが男爵領を襲い、すべてを奪ったのだ。


 父と母。

 そして、まだ小さかった妹。


 炎と咆哮の中で、俺だけが生き残った。


 救援に駆け付けた隣の領地のアルメリラ伯爵に拾われ、

 俺はそこで育った。


 剣を教わり、学び、鍛えられた。いつかスカイドラゴンを倒すために。

 伯爵のことを、俺は「親父」と呼んでいた。


 血はつながっていない。

 それでも、あの人は本物の父だった。


 二十歳のとき。

 再びスカイドラゴンが現れた。


 伯爵領は壊滅し、

 親父は――俺を庇って、スカイドラゴンに殺された。


 親父は、俺を引き取る少し前に事故で妻と息子を失っていたのだ。


 そして、俺はいつの間にか親父の養子になっていたらしい。

 だから、伯爵家を継ぐ立場になっていた。


 そんな時、皇帝フェルナント=スペイラが大軍を率いて現れた。

 スカイドラゴン討伐のためである。


 父コルトバと皇帝。そして、アルメリラ伯爵は、同じ剣聖に学んだ弟子同士だった。


 激しい戦いの末、ようやくドラゴンは追い払われた。

 さすがにドラゴンである。倒すことはできなかった。


 西から東へ。

 ドラゴンは帝国北方の山奥へと、逃げただけだった。


 皇帝は言った。

「余に仕えよ」と。


 俺は断った。

 冒険者となって、必ずドラゴンを討つと。


 そして、サンジャンの町に拠点を移した。


 ――そんな俺が、

 誰かを守りたいなんて、思っていいのか。


 そう迷っていた、その時だった。


 ディアス=ランス伯爵が現れた時だった。


 金髪。整った顔立ち。

 貴族の空気を隠そうともしない男。


 エマが、懐かしそうに微笑むのを見た瞬間、

 胸の奥が、ひどくざわついた。


 ――過去を共有している。


 それだけで、俺は負けた気がした。


 二人が並んで話す姿を、少し離れた場所から見ていた。

 まるで、最初からそこにいるのが当然だったかのように。


 みっともない。

 そう思っても、視線を逸らせなかった。


 笑うな。

 そんな顔、俺には見せたことがないだろ。


 理屈じゃない感情が、胸の奥で渦を巻く。


 ――嫉妬だ。


 自覚した瞬間、さらに情けなくなった。


 彼女は誰のものでもない。

 それなのに、奪われた気がしてしまう。


 ――そして今。


 エマは、あの男の城にいる。


 過去を共有する男のもとに。


 俺は、まだ何も成し遂げていない。

 仇も討ってない。

 守ると誓う資格すら、持っているのか疑わしい。


 それでも。


 酒場の薄暗い灯りの下で、俺は心の奥に誓う。


 ――まだ、諦めていない。


 彼女の隣に立つのが誰であれ、

 俺は、エマを守れる男でありたい。


 そのために、まずやるべきことがある。


 父、母、妹、そして親父の仇――

 スカイドラゴンを討つ。


 それが、

 すべてを失ってきた俺に残された、唯一の宿命なのだから。



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