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結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。  作者: 山田 バルス


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第9話 エマ、元婚約者の娘アメジストに会う

ディアスの屋敷にて


 


 ディアス=ランス伯爵の住まいは、街を見下ろす白銀の城であった。


 過度な華美はなく、国境沿いの城らしい防御を中心にした城である。

 その佇まいは、主であるディアスの性格をそのまま映したようだった。


「こちらだ」


 案内され、エマは静かな中庭を抜け、屋敷の奥へと足を運ぶ。

 胸の奥に、言葉にできないざわめきがあった。


 ――この先に、あの人の娘がいる。


 元婚約者の子。

 王命によって引き裂かれた未来の、もしも、の続き。


 扉が開かれる。


「アメジスト。お客人だ」


 柔らかな声でディアスが呼びかけると、部屋の奥で小さな影が動いた。


 次の瞬間、エマは息を呑んだ。


 桃色の、ふわりとした髪。

 光を受けて淡くきらめく、紫水晶のような瞳。


 ――あまりにも、似ていた。


 それは、誰かに似ている、という曖昧な感覚ではない。

 まるで鏡映しの未来を見せられたかのような、胸を突く既視感。


「……」


 エマは、言葉を失ったまま、その小さな少女を見つめる。


 二歳ほどだろうか。

 小さな手でぬいぐるみを抱え、不安そうに父の影に半身を隠していた。


「アメジスト。こちらが、エマだ」


 その名を聞いた瞬間だった。


「……まま?」


 小さな声。

 だが、はっきりとそう聞こえた。


「……え?」


 エマが戸惑い、視線を落とした次の瞬間。


「ままぁ!」


 アメジストは、ぬいぐるみを落とし、よちよちとした足取りで駆け出した。


「まま、あいたかった!」


 勢いそのまま、エマの腰にぎゅっと抱きつく。


 細い腕。

 温かい体温。

 小さな指が、エマの服を必死につかんでいた。


「……っ」


 息が詰まる。


「まま、いなくなっちゃったの。さびしかったの」


 つたない言葉。

 だが、その一つ一つが、胸の奥に直接触れてくる。


 ディアスが慌てて口を開く。


「す、すまない。まだ言葉がはっきりせず……名前を聞き違えたのだろう」


 だが、エマは返事ができなかった。


 腕の中の温もりが、あまりにも自然だったからだ。


 拒む理由が、どこにもなかった。


 エマは、そっと膝を折り、アメジストの背中に手を回す。


「……大丈夫よ」


 自分でも驚くほど、優しい声が出た。


「ここにいるわ」


 ぎゅっと、抱きしめる。


 小さな身体が、安心したように力を抜いた。


「ままぁ……」


 その声に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 ――かわいい。


 理屈ではない。

 考えるよりも先に、感情が溢れていた。


 アメジストの桃色の髪を撫でながら、エマは思う。


 もしも。

 もし、あのとき王命がなかったなら。


 もし、ディアスと別れずにいたなら。


 ――この子は、自分の腕の中にいたのではないか。


 その考えに、胸がきゅうっと締めつけられる。


 だが、不思議と後悔よりも、温かさが勝っていた。


「……抱っこしていいかな?」


 エマは、優しく微笑みながら、両腕でアメジストをそっと抱き上げた。


「かわいい……」


 ディアスは、その光景を、言葉もなく見つめていた。


 聖女としてではない。

 付与の奇跡を起こす存在としてでもない。


 ただ、妻によく似ているエマが、母親によく似ている娘を抱いている姿。


 その姿に、今は亡き妻マーガレットの面影を感じて、胸の奥が静かに震えた。


「……ありがとう、エマ」


 低く、かすれた声。


「この子は、ずっと、ぬくもりが欲しがっていたのかもしれない

 ……だが、今」


 アメジストは、エマの胸に頬をすり寄せ、安心しきった顔で目を閉じている。


「まま……いい、においがする……」


 その一言で、何かが決定的に崩れた。


 エマの胸に、確かな母性が芽生える。


 それは領地経営をするとも、パワーストーンのお店を開くのとも違う、もっと原始的で、抗えない感情だった。


 ――この子に寂しい思いをさせたくない。


 理由はいらない。

 名前を呼ばれただけで、抱きしめただけで、もう十分だった。


 エマは、アメジストを胸に抱いたまま、静かに目を閉じる。


 過去は変えられない。

 だが、今、この腕の中にある温もりは、確かに現実だ。


 聖女エマの人生は、ここでまた一つ、別の意味を帯び始めていた。


 それがどれほど大きな波紋を呼ぶのかを、まだ誰も知らないまま――。

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