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第2話

「私が王位に就く限り、これ以上争いのない平和を約束する。この度の騒動にも、恩赦は与えよう。だから、だから……」


 足元に控えるエドが、ニコリと笑って大きくうなずいた。


「ここに、新女王セオネードの誕生を宣言する!」


 戦闘が終わった。

「女王陛下、万歳!」という声が、各地でこだまする。

私の足は緊張から解放されたとたん、ガクガクと震え始めた。


「どうしよう。エド。もう立ってられない……」

「大丈夫。俺が支えるから」


 彼は私の手を取ると、マントの後ろから私を抱き寄せた。

すぐに兵士たちが梯子を運んできてくれて、皆に助けられながら屋根を下りる。

反乱を起こした兵たちの処分は、これから始まるけど……。


「陛下。今はまだ、私たちにお任せください」


 アンバーとカラムはそう言うものの、被害状況の報告から死傷者の把握、復旧のための工事など、私が決めなければならないことは多岐にわたった。

ジェードたちは捕らえられ、大人しく牢に繋がれているという。

彼らの罪状に関しては、これから詳細な調査と報告を待ってから、判決を下すことになるだろう。


 医師が呼ばれ、丁寧な診察を受けたけど、どこにも怪我はなかったし、痛むところもない。

あえていうなら、屋根に上ったときに少しふくらはぎを擦ったくらいだ。

入浴と夕飯を済ませ、ようやく寝室で一人になる。

ランプの明かりが一つだけ灯る見慣れた部屋が、随分と広く味気ないものに感じた。


「ねぇ……。エドは? エドはどうしているの?」


 退出しようとする侍女に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。


「エドさまを、こちらにお呼びしましょうか?」

「……。そうね、お願いします……」


 彼を待つ間、自分は心臓にでもなってしまったのかと思うほど、全身が脈打っていた。

そわそわとして落ち着かず、何度も窓とベッド、テーブルの椅子とソファを行き来する。

どれだけ待っても現れない彼に、もしや大きな怪我でもあって、動けなくなっているのではないかと不安が襲ってきた。


「誰か!」


 ソファから立ち上がった瞬間、ノックの音がしてカチリとドアが開いた。

わずかに開いた隙間から、エドが顔をのぞかせる。


「あ。入っても、よろしかったですか?」

「え、えぇ! もちろんよ。どうぞ」


 彼はゆっくりとドアを開け、静かに部屋に滑り込んでくる。

扉を閉めると、こちらへ向き直った。

私は立ち上がったソファに、もう一度座り直す。

エドは私の隣に腰を下ろした。

黒い目が、じっと見つめる。


「久しぶり。元気にしてた?」

「げ、元気だったよ。エドは?」


 城を出て行ってから、何をしていたのか、どこにいたのか。

聞きたいことも言いたいことも沢山あるのに、いざ目の前に彼の姿があると、言葉が何も出てこない。


「少し、痩せたような気がする」


 彼の手が、私の頬に触れる。

その手の上に、自分の手を重ねた。


「エドも。痩せたでしょ?」

「心配してた。国王陛下が亡くなって」

「エドに会いたがってたわ」

「……。本当に申し訳ないことをしたと思ってるよ」


 彼の指先が、私の髪を絡め取る。

くるくると毛先をもてあそぶ手が、私の肩を抱き寄せた。


「ねぇ、エド。エドさえよかったら、私と結婚しない?」


 今度こそ、間違えたくない。

もしやり直せるというのなら、ここから新たに始めたい。


「今度は、契約しないよ? それでもいいの?」

「私がしたいって言ってんの」

「はは。それでは、陛下のお望みのままに……」


 彼の唇が、私の唇に重なる。

油の切れたランプの明かりが、小さな音を立ててからゆっくりと消えていった。




 戴冠式から約半年が過ぎ、私たちは正式に結婚した。

式場は城の中央本丸五階、祭壇のある開放式広間西側フロア。

戴冠式の行われた大広間だ。

城壁の至る所に花とリボンが飾られ、灰色の壁は赤い垂れ幕を纏いそびえ立つ。

兵士たちは鎧の胸に赤地に金で王家の刺繍が施された飾り布を付け、王室騎士団は公式行事に出席する際に付ける鮮やかな赤いベルトを、肩から斜めにかけていた。

肩を縁取る豪華な肩章を揺らし、胸には無数の勲章を連ねる。

腰に差すサーベルの柄まで、磨き上げられた銀がわずかな光も捕らえ輝きを放っていた。

国内外から多くの来賓を迎え、色とりどりの華やかなドレスが会場を埋め尽くす。

開かれた白く巨大な祭壇の前に、私とエドは並んでひざまずいた。


「ねぇ。そういえば、どうやって白鹿の像を動かしたの? てゆーか、あんなところが動くなんて知らなかった」


 私はこの日のために用意した、真っ白なレースのウェディングドレスに身を包んでいた。

幾重にも重ねたひだが、赤い絨毯の上に伸びている。

エドは私の顔を覆うベールを持ち上げた。


「あぁ。あそこはね、彫刻を掃除するための通路なんだ。裏に梯子があって、屋根の上まで続いてる。彫刻って、埃が溜まりやすいだろ? それを定期的に掃除するための穴なんだ」

「そんなものがあったのね」

「知らなかった?」

「うん。知らない」


 司祭が二つの指輪を運んできた。

それを互いに交換し、指にはめる。



「ねぇ、もっと沢山教えて。私の知らないこと。これからも」

「もちろん。どうぞよろしくね。女王さま」


 祝福の鐘が鳴って、楽隊のラッパが鳴り響く。

私たちは目を閉じると、誓いのキスを交わした。




【完】


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