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第5話

「私は、自分の意志で城を離れました。それは殿下もご存じのはずです。すぐに呼び戻さなければならないような用件は、ないものと理解しておりましたが」

「当然です。殿下ご自身も、そんなつもりはなかったでしょう。だから至急かつ極秘なのです」


 密使の言葉に、兄の目が厳しくつり上がる。


「証拠は? うちの弟はご存知の通り、言葉一つで従えるほど、単純な身分ではないのでね」

「殿下が今どのような状況にあらせられるか、一番よくご存知なのはエドさまなのでは?」


 殿下の状況? 

俺は、確かに継承の儀には参列した。

だが結婚はしていない。

どれだけ婚約者の名を公表し連れ回したとしても、実際に式を挙げ王室名簿に夫である人物の名を記載させなければ、王女は独身のままだ。

王位を継ぐために必要な条件を満たさない。

だけど……。


「やはり、殿下が私を呼び戻す理由が思いつきません。私が城を去ったのは、殿下にとって不要な存在となったからです。ここで私が城に戻ることは、王女にとって得策とは思えません。殿下にもそれを、ご承知いただいたものだと理解しておりました」


 だから俺は、王都を去りここでただ死んでゆくことを選んだ。


「私は城へは戻りません。殿下にはそうお伝えください」

「……。なるほど。エド殿の決意は固いようだ」


 二人の使者は立ち上がると、腰に差した剣をスラリと抜いた。


「だがお前の意志に関係なく、目の届くところに置いておきたいと望まれる方がおいででな。殺さぬよう生かして連れて来いとのご命令だったことを、ありがたく思うがいい」


 俺と兄は丸腰で、武器を持っていない。

今にも飛びかかって来そうな二人を前に、俺たちはジリジリと間合いを計りながらにらみ合う。


「生かして連れて来い? 王女に捨てられた俺に、今さらそんな価値があるとは思えないね」

「それは貴様が決めることじゃない。上が決めることだ」

「上? そいつは誰だ」

「知りたきゃ大人しくついて来い。運がよければ、最期にお顔くらい拝めるかもしれんぞ」


 男が剣を振り上げる。

と、彼らの背後に控えていた執事が、銀のトレイで密使の頭を脳天から叩きつけた。

兄はローテーブルをひっくり返し、相手の足元を奪う。

俺はソファの背に足をかけそれを飛び越えると、部屋のドアを開けた。


「エド、そこを退きなさい!」


 手に熊狩り用ボーガンを構えた母が、すでに矢をつがえ狙いを定めていた。


「うちの子に何するの!」


 ビュンという重い音を響かせ、鋼の矢はソファを突き抜け貫通する。


「エドとエサンに少しでも怪我をさせたら、私が許しません」

「だから母さん。エドとお兄ちゃんは剣の方がいいと思うよ? エドもきっとそれを探しに来たんだって。なぁ? そうなんだろ?」


 父は運んできた剣を、あたふたと俺に渡した。


「お兄ちゃんの分も、ちゃんと持って来てるからな!」

「おう! 助かったぜ、親父!」


 父が投げ渡した剣を、兄が受け取る。

密使二人は剣を構えたまま、ジリジリと壁際に追い込まれた。


「クソッ!」


 男の一人が窓ガラスに体ごと飛び込み、外へ逃げ出した。


「待ちなさい!」


 母の撃ったボーガンが、割れた窓ガラスから外に放たれる。

もう一人の男も、隙を見てそこから抜け出した。


「追え!」


 屋外で様子をうかがっていた従者たちが、鍬や鋤を手に取った。

密使を追い窓から飛びだそうとする兄を、俺はギリギリのところで引き留める。


「待て! 待ってよ兄貴!」

「あぁ? こんなところまでお前を追いかけて来たような連中なんだぞ。捕まえて犯人を吐かせるまでがスジだろ!」

「そんなことしても意味ないから!」

「どうしてだ! お前がここにいる限り、あいつらはまたやって来るんだぞ!」


 俺は当主である兄の言葉に、拳を握りしめる。

そうだ。

俺がいる限り、また刺客がやってくる。

家族に迷惑はかけられない。

王都を離れても、俺に安住の地なんてなかった。

兄は自分の言葉に、自分で焦っていた。


「いや、家族を守るのは当然だ。それも出来ない奴に、何が出来る。お前はずっとここにいろ。それが一番だろ。俺たちだって安心できる。心配かけるな」

「ありがとう。だけどやっぱり、出て行くよ」

「は? なんでだよ。俺たちが守るって言っただろ」


 兄と同い年で、幼なじみでもある執事がにっこりとトレイを持ったまま微笑み、小さい頃から可愛がってくれていた、祖父の代から親しい農夫たちが鋤と鍬を手にニヤリと笑う。

ここは俺にとっても、大切な場所。

だからこそ余計に、このままではいけない。


「俺一人のために、皆に迷惑はかけられない。ここが好きだからこそ、出て行きたいんだ」

「だから、出て行ってどうしようって言うんだよ!」

「……。それは……。これから考える」

「はぁ? お前みたいなバカが、何をどう考えるんだよ。だったら最初っからヘンなことに巻き込まれず、王女の婚約者役なんか断ればよかっただろ! お前をこんな危険な目に遭わせておいて、そんな女は王女でもなんでもねぇ。俺たちの敵だ!」


 俺は父さんから受け取った剣を、しっかりと腰に装着する。

剣の扱いはあんまり得意ではないけど、そんなことはもう言ってられない。


「だけど、やっぱり行かなくちゃ。俺は多分、自分がそうしたいんだと思う」


 母の手から、対熊用ボーガンがドスンと大きな音を立てて床に落ちた。

俺の首に母の手が巻き付く。


「エド。あなたは、王女さまのことが心配なのね」

「……。はは。うん。そうだね。そうなんだ。俺はやっぱり、あの人のことが気になって仕方ないみたいだ」


 俺が王都を去ってすぐ、陛下が亡くなった。

どれだけ側にいて慰めてあげたかっただろう。

なぜこんな時に、俺は彼女の側にいられないのだろう。

陛下の崩御を知った時、誰よりも一番に俺自身が王城に駆けつけたかった。

それをしなかった俺に、今さら彼女は会ってくれるだろうか。


「ゴメンね、母さん。俺はさ、王女さまに誓ったんだ。婚約者であってもそうじゃなくなっても、王女殿下に尽くしますって。だから、その約束を果たしに行こうと思う」

「素敵よ、エド。母さんに似ていい男になったわ」

「母さんに似て?」

「そう。私に似て」


 俺を強く抱きしめる母の細い背が、とても大きく力強く感じた。


「俺も、ちゃんとやれるかな」

「大丈夫。私の子だもの。出来ないはずがないわ」

「うん。そうだね」

「いってらっしゃい。このお部屋の修繕費用請求しなきゃならないんだから、ちゃんと犯人見つけて捕まえるのよ」

「分かった」


 父の手が、俺の頭をくしゃりと撫でる。


「お前は父さんに似て、いい男になったな。頑張って行ってこい」


 兄貴は渋々、自分のマントを貸してくれた。


「せっかくこき使えるいい手伝いが出来たと思ったのに、すっかり水の泡だ。着工前には片付けて戻ってくるんだぞ」

「ありがとう」


 執事やメイドたちが、急いで旅の支度を調えてくれる。

彼らが報復のために戻ってくることも考えられるけど、ここは俺がいなくても大丈夫だから。


「じゃ、後は頼んだよ。俺はお姫さまのところへ行ってきます」


 俺は黒髪のカツラを頭に被ると、夜空に星の瞬くなか屋敷を後にした。



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