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第4話

「王族とその周辺にいる連中ってさ、この国のトップクラスの人間なんだ。そりゃあもう俺なんて、全く太刀打ち出来る余地なんてなくて。なんていうか……。もう、これ以上は無理だなって。あの人に相応しい人には、俺にはなれないっていうか、大体そんなことを思い始めてしまうのも、自分が自分じゃなくなるような気がして……」


 これ以上近くにいれば、もっと欲が出てしまう。

どうしたって自分のものにならない人なのに。

あの人を支えられる程の権力も身分も地位も名誉もない俺に、結婚なんて出来るはずもないのに。


「国王陛下に……、お会いしたんだ。王女の婚約者として。なんか、まともに挨拶すら出来なかった」

「お嬢さんを下さい的な?」

「そう」


 それが言えない男に、出来ることなんてなにもない。

いつの間にか俺の手は勝手に震え、声は滲んでいた。


「だから、戻ってきた」


 兄の大きな手が、俺の肩に乗った。

強く俺の体を揺さぶるせいで、川のスケッチが歪んでしまう。


「大丈夫だ。まともな人間なら、誰もお前のことを悪く言う奴なんてない。むしろ王女の我が儘に付き合わされた、被害者なんだよ。慰謝料も前金で受け取ってる。お前の面倒は、俺が一生みてやるから、安心しろ」


 パンのクズを口の端に付けたまま、兄はニヤリと大きく笑う。

俺の目頭に、城を出てから初めて熱いものがこみ上げてきた。


「……イヤだ。ぜってーイヤだ。お前の世話になんか、絶対なりたくねぇし……」

「あ? これでこそ兄弟愛ってもんだろ、感動しろや!」

「嫌だぁ……」

「おい、ふざけるなよ」

「俺はそのうち、必ずまたこの家から出てってやるからな」

「はは。そうしたくなったら、いつでもそうしろ」


 兄は俺のために、自分が食っていたのと同じ干し肉とチーズのパンを作ってくれた。

二人並んで外で飯を食うのは、いつぶりだろう。

馬小屋に入れたばかりの干し草の上で、兄貴が大切に隠し持っていたキャンディを分けてもらって食べたことを覚えている。

あの時の俺は、何で泣いてたんだっけ。

母さんに叱られた? 

それとも、飼っていた鳥が逃げた時だったっけ。

もらったとっておきの飴玉は、甘酸っぱい野いちごの味がしていたのを覚えている。

きっとこのパサパサのパンを並んで食べたことも、俺は一生忘れないだろう。

ここで見た風景のことも、隣で笑っている兄のことも。


 その日の調査を終え、俺たちは家に戻った。

父にも治水工事の必要性を報告し、翌日から現地調査に入ろうという話でまとまる。

王城を離れ女王陛下の夫となることもなくなった俺に、あれこれと難しい注文をつけてくる奴は多くはない。

同情と好奇の目でじろじろと見られても、彼らは何かを言ってくるわけでも、してくるわけでもない。

見て見ぬ振りが上手いのは、貴族たちばかりではない。


 打ち込める重要な仕事があれば、余計なことも考えずにすむ。

俺は兄に振り回されながらも、川の様子を調べたり、井戸の位置を地図に記したり、時には出先で宿泊をしたりして、村に戻ってから数日で、治水工事に入るための本格的な調査に取りかかっていた。

今日は実際に工事を始めるとなると、必要となる資材の見積もりや調達にかかる手段を確保するため、村人たちとの一回目の話し合いを終えてから、家に帰宅していた。


「今日も疲れたな」

「まぁ、それでも悪くない情報が得られた」

「継続的に大量の木材が必要になる。人の確保もだ。どれだけ年数がかかるか分からんな」


 兄と二人汚れたマントを預け、ダイニングに入る。

俺たちの帰宅を待って、父と母もテーブルについた。


「なんだか二人が一緒に仕事しているのを見ると、ちょっと安心するわね。ねぇお父さん」

「そうだな。これからは兄弟揃って、この地を守っていってくれ」


 鹿肉のスープとパンがテーブルに運ばれる。

兄と共に代替わりしたばかりの若い執事が皿の用意をしていると、突然入ってきた従者が彼に耳打ちした。


「なんだ。どうした」


 父の声に、顔色を青く急変させた執事の背が伸びる。


「あの、王都からいらしたという方々が、エドさまにお会いしたいと、急遽いらっしゃっているようです」

「エドに?」


 そこに居る四人が顔を合わせた。

王都から俺に用があって来る人間となると、用件は限られている。


「追い返せ」


 兄が一呼吸おいてそう言うと、父も同意のうなずきを見せた。

俺は残っていたスープを皿ごと飲み干すと、即座に立ち上がる。


「会おう。応接室へお通ししろ」

「お前が行くなら、俺も行く」

「……。分かった」


 ここで反対したところで、兄はついてくるだろう。

あまり余計な面倒に巻き込みたくはないが、側にいてくれるのは心強い。

兄と勇み足で歩く応接室までの廊下が、遙か遠い道のりのように感じた。


「突然のご無礼をお許しください」


 俺と兄が応接室に顔を出したとたん、二人の男が座っていたソファから立ち上がった。

身なりは悪くない。

固い皮の鎧を身に纏い腰に剣をぶら下げた姿は、上級武官といったところか。

胸に手を当てゆっくりと頭を下げる様子も、王宮勤めの経験がある、それなりに礼儀作法を身につけた者ならではの仕草だ。


「どういったご用件でしょうか」


 対面に俺と兄貴が腰を下ろすと、彼らは深刻な表情を崩すことなく口を開いた。


「王女殿下がエドさまをお探しです。至急王宮までお戻りください」

「殿下が?」

「そうです」


 彼らの真剣な表情から、嘘をついているとは思えない。

だが城を離れて二十日が経つか経たないかで、もう俺を呼び戻さなければならない理由も思いつかない。



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