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第3話

「正気か? こんな大切な儀式にまで、あの男を参列させるなんて。王の茶会までは許せたが、これ以上は看過できん」

「だから、なぜそれをジェードが決めるの?」

「俺の意志は、全上級貴族たちの意志だ」

「はは。何それ、笑えるわ。王となれば全て私に従うと言っていた言葉は、どこへ行ったの?」

「まだ王とはなっていないじゃないか」


 それは詭弁だ。

フンと鼻息一つで一笑に付す。

私はもう、そんな言葉に怯えたり騙されたりしない。

少なくとも、父は彼を認めてくれた。

後は彼が私を認めてくれるだけ。

それ以外、この結婚に対し他の誰の承認も必要としないはずだ。


「まさかここまで君が愚かだとは思わなかった。なぜもっとちゃんと手を打っておかなかったのかと、私は父に叱られてしまったよ」

「何の話?」

「俺が、君の本当の婚約者だからだ」


 ジェードはどこまでも本気だった。

少し前まで、私も彼と結婚するのだと思っていた。

エドに会うまでは。

どれだけ抵抗しようとも、結局は彼を受け入れなくてはいけないのだろうなと。

カラムは最初から諦めていたし、他の候補者もジェードの引き立て役だと理解していた。

何よりも彼自身が、自分はそうなるのだと幼い頃から自負していた。

意図的に共に育てられてきたのだから、無理もない。


「少し我が儘を許しすぎたようだ。この辺りで終わりにしよう。君も十分、彼との恋愛を楽しんだ」

「あなたとは結婚しない。いずれ誰かと結婚したとしても、あなたではないことは確かよ」

「君は王女だ。そして俺は王族の血を引く公爵家に当たる。それを無視出来るのか? 貴族同士の結婚だ。愛人が欲しいというのなら、あの男を認めてやる。ただそれは俺との間に子を産んでからの話だ」


 気持ち悪い。

吐き気がする。

私は扇を広げ顔を隠した。

こんな男と形だけの結婚をするくらいなら、一生独身でいた方がましだ。


「随分と気回しがきくのね。完全に余計なお世話だわ」

「君がそうやって、強気でいられるのも今のうちだ。そのうち今俺が言ったことを、嫌というほど思い知ることになるだろう。そもそもあの男に、王の夫となる資質はない」

「エドの気持ちは、エドにしか分からないわ」

「はは。そうだな。今夜辺り、じっくり聞いてみるのもいいかもしれないな。彼が本当に君と結婚する意志があるのかどうか」

「どういうこと?」

「さてね」


 今夜は全ての行事が終わった後で、参加者を対象にしたささやかな宴が用意されている。

そこにはエドも出席することを確認していた。


「彼は私のパートナーとして、これからも共にあるわ」

「そうか。それは楽しみだ」


 馬車は城に到着した。

西日で朱く照らされる城を見ながら車から下りる。

エドはカラムと共に、すぐ後ろを走っていた馬車から下り立った。


「エド。こちらへ」


 私は聖杯を受け取ると、数人を引き連れ水盆へ向かう。

そこに満たされていたはずの水は抜かれ、石盆はすっかり乾いていた。

そこへ聖杯によって泉から汲んできた水を注ぎ入れると、すぐに水が湧き出し、再び水盆は水で満たされた。


「これでお終いね」


 エドが私から聖杯を受け取る。

彼はそれを、無言でお付きの従者に渡した。


「お疲れさまでした」


 彼を呼び止めたいと思うのに、周囲がそうはさせてくれない。

私は王の元へ儀式が無事終わったことを報告に行かなくてはならなかったし、アンバーからこの後の予定とその他の重要案件の報告を受け決裁もしなくてはならない。

エドは侍女に案内され、着替えに向かったようだ。

私が諸々の雑用を終え広間に向かった時には、宴はすでに始まった後だ。

遅れて会場に到着した私を、一番にジェードが迎え入れる。


「お疲れさまでした。皆がお待ちですよ」

「そう。ご苦労さま」


 私は彼に案内され、広間に入った。

いつものように私の後ろにジェードがついて歩く。

この場所は、本来エドのものなのに……。


「セオネードさま。本日はおめでとうございます」

「無事に儀式を終えられ、陛下もご安心なさったことでしょう」

「いよいよご即位ですな」


 数々の祝福の言葉も、私の耳に届かない。

視線は常に、たった一人を探し求めていた。

さほど広くはない会場だ。

色とりどりの衣装が華やかに広がる中でも、黒髪の男性は数えるほどしかいない。

賑やかな人混みの中を、視線だけで懸命に彼を探す。


「エド」


 見つけた。

会場の隅の方で、数人の貴婦人に囲まれにこやかに談笑する彼の姿を、私はようやく遠くに見つけた。


「こんなところにいたのね」


 近づいたことに気がつくと、彼はすぐに私へ向き直る。


「セオネードさま。お待ちしておりました」


 にっこりと優雅に微笑む姿は、すっかり一人前の上級貴族の振る舞いになっていた。

かつておどおどと私の手を取り縮こまっていた下級官吏のエドは、もういない。


「もうご用事は全て終わったのですか?」


 貴婦人たちに軽く頭を下げて、彼女たちの前を軽やかに退出する。

ご婦人たちは歓喜と祝福と邪な好奇心とを交えながら、快く私に彼を譲った。


「ようやく終わったわ。もう疲れちゃった」


 両腕を伸ばし、彼の首筋に手を回す。

すぐにエドも、私の背を抱き寄せた。


「お疲れさま。よく頑張ったね」


 キスは頬に。

顔を交差させ、もう反対の頬にも彼の唇が触れる。

周囲に集まる人々の視線をワザと集めるかのように、私とエドは体をピタリと寄せ合った。


「お腹は空いてない? 何か飲み物は?」

「エドは何を食べてたの?」

「俺? 俺は生ハム」

「じゃあ私も」


 そう言ったのに、目の前のテーブルにハムは残っていなかった。

エドはハーブ入りのソーセージをフォークで突き刺すと、それを私の口元に運ぶ。



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