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第2話

 王位を継ぐために行われる継承の儀は、城を出発するところから始まる。

私は専用の真っ白な衣装に着替え、城の祭壇で天に祈りながら東の空に昇る朝日を浴びた。

無言のまま小さな水盆に向かうと、代々伝わる聖杯でその水を汲み取る。

この水は神話によって国を潤し民を潤す象徴とされていた。

王位を継ぐ儀式とは、その水を森の中にある泉まで運びそこに注ぎ入れ、新たに汲んだ水をこの水盆まで持ち帰るというものだった。

新しい水は新しい王がもたらし、この国を新たに導くものとされる。


 儀式を行う私の傍らには、呼び出しに応じたエドが控えていた。

彼は私を見守る夫として対となる白い儀式用の衣装を身に纏い、伴侶として私を手伝う。

臣下によって台座に乗せられ運ばれてきた聖杯をエドが受け取ると、彼は私に渡した。

私は聖杯を城内の静かな水盆に厳かに沈める。

鏡のように清んだ水面に、波紋が走った。

黄金の聖杯を持ち上げると、それを太陽に捧げる。

水に濡れた聖杯は日の光を浴び、よりいっそうの輝きを増した。

大勢の従者、貴族たちに見守られながら、私は汲み上げた水を聖杯ごと、エドに渡した。

エドはそれを運搬用の箱に収める。


「無事、最初の儀式を終えられました。セオネードさま。エドさま。聖杯と共にお越し下さい」


 この日のために白と青で統一された衣装で美しく着飾った従者たちに案内され、馬車に乗り込む。

城中の官吏に見送られ、隊列を組んだ騎馬隊が早朝の空へ出発した。

馬車は城下街を通り抜け、森まで向かう。

その沿道には大勢の人々がこのパレードを見るために集まっていた。

新たな王の誕生を祝い、街道には紙吹雪が舞い歓声が沸き起こっている。

エドは私の隣で膝の上に聖杯の入った箱を抱えたまま、そんな市民に向かってにこやかに手を振っていた。

彼はいま、何を考えているのだろう。

ここまで付き合わせておきながら、私は彼を用済みと切り捨てるのだろうか。

そして彼は、いずれ捨てられると知ってこの場に座っているのだろうか。

私はそれを、彼に上手く伝えられるのだろうか。


 パレードの隊列は街を抜け郊外へ出た。

ここからは外へ向かって手を振る必要はなくなる。

エドは馬車の窓を閉めると、私の隣で箱を大切に支えたままじっと黙って座っていた。

私にはかける言葉が見つからず、時折チラチラと彼の様子をうかがうことしか出来ない。

彼はそれに気づいてはいるだろうけど、何も言わず身動き一つしなかった。

ガラガラと車輪は小気味よく回り続け、私は夜明け前から身を清め準備をしていた疲れが出始める。

ついウトウトとしてしまって、気づけばエドの肩にもたれ眠っていた。


「ご、ごめんなさい」


 寝起きの気怠い体を持ち上げる。

エドはにこっとはにかむように微笑んだ。


「いえ。構いませんよ。殿下もお疲れでしょうから」


 私はそんな、他人行儀の対応を望んでいたわけじゃない。

久しぶりに顔を合わせたのに、今だけは確実に二人きりの時間を持てるのに、何を話していいのか分からない。

話し合わなければいけないことは、沢山あるのに……。


「この儀式が終われば、いよいよご即位ですね」

「……。そうね」


 エドはふぅと大きく息を吐き出した。


「セオネードさまは、きっといい王さまになります」

「そうかしら」

「はは。私が保証いたします」


 ようやく見せてくれた従来の対応に、私は彼の腕に自分の腕を絡め、肩に頬を寄せる。

まだ恋人でいてくれるのなら、この時間を大切にしたい。


「エドも疲れたでしょう? 今朝は早かったから」

「それはセオネードさまの方でしょう。後ろから拝見しておりましたが、とても立派に勤めておいででした」

「本当に?」

「私は、嘘は申し上げません」


 本当に? 

今こうして婚約者のように振る舞ってくれていること事態が、嘘から始まったことなのに。

だけど私は、彼がそうすることを望み、実際にこうして側にいてくれることをありがたく思っている。

この関係は、私から終わりを言い出さなければ、ずっと続くの? 

それだというのなら、まだ終わらせたくない。


「もう少し眠ってていい?」

「着いたら起こします」

「うん」


 私は彼の腕をぎゅっと抱きしめると、そこに身を任せ目を閉じた。

今はただ、エドの優しさに甘えていたい。

今日ここに出席することを、拒まれるかと思っていた。

それをしなかったということは、彼にはまだこの演技を続けるつもりがあるということだ。

馬車は森の泉へ向かって走り続ける。

私はその間中、彼の肩にもたれて眠っていた。


「殿下。セオネードさま」


 エドの声が優しく私を呼び起こす。

馬車のドアをノックする音が聞こえ、目を覚ました。


「到着いたしましたよ」


 エドは私が眠る前と全く変わらず、聖杯の箱を膝に抱え座っていた。

窓の外には、表情を無にしたジェードが私たちの下りてくるのを待っている。

私は彼に絡めていた腕を解くと、眠い目を擦り起き上がった。


「もう着いたの?」

「えぇ、着きました」


 じっとエドを見上げると、彼の黒い目も私を同じ熱で私を見下ろす。

このままキスしてと言ったら、してくれそうな気がした。


「ねぇ、エド。ちょっとだけいい?」

「殿下、皆がお待ちです」

「もう下りなきゃダメ?」

「ダメですね」


 エドの頬が微かに赤味を帯び、恥じらうように視線を横に逸らす。

私にはどうしてもそれが、演技だとは思えない。

でも彼がそうだと言うのなら、そうなのだろう。

こんなに演技が上手な役者を、私は他に知らない。


「エドも一緒に来てくれる?」

「もちろんです。お供しますよ」

「どこまでも?」

「どこまでも」


 もう一度、馬車の扉がノックされた。

ジェードの顔に明らかに苛立ちが浮かんでいる。

大事な儀式の最中だと分かっていても、彼の側を離れたくない。


「さぁ、参りましょう、セオネードさま。私があなたの側にいます」

「うん。……。分かった」


 仕方なく馬車を下りる。

ジェードが私を助けようと差し出した手を、無視して地面に下りた。

エドの側には、カラムがついている。

エドはカラムの手に支えられ、馬車を下りた。


「泉までご案内します」


 ジェードが私たち二人を先導し、カラムがその後に続いた。

その後方には、ズラリと儀式を見守る兵士たちが隊列をなす。


 整備された緩やかに伸びる山道を、ゆっくりと進む。

温かな日の光が木立の隙間から降り注ぎ、小鳥たちの軽やかな鳴き声が静かな森に響いていた。

厳かな隊列は、何事もなく無事に聖なる泉までたどり着く。


 私はエドの抱きかかえる箱から、聖杯と取り出した。

中の水はこぼれないよう、小瓶に詰め替えられていた。

その水をエドが私の持つ聖杯に注ぎ入れると、儀式が再開される。

私は一人泉のほとりに向かうと、そこに運んできた水を注ぎ入れた。


「これより永く国を助け、永久に民を守りたまえ」


 再び水面が落ち着くのを待って、聖杯に水を汲む。

今度は私が先頭に立って、山道を下った。

ガチャガチャと兵士たちの鎧の擦れる音が聞こえ、掲げる白地に青の旗がひらめく。

槍の先に付けられた吹き流しのリボンが風になびいていた。

再び馬車の待つ広場まで着くと、聖杯をエドに渡す。

これでもう、儀式はほとんど終わったようなものだった。


 ジェードが馬車の扉を開ける。

私がそこに乗り込み、続いてエドが入ってくるものだと思っていたのに、そのままジェードが車内に乗り込んだ。

扉が閉じられたとたん、エドとカラムを残し馬車は動き出す。


「ちょっと。これは一体、どういうこと?」


 ジェードは私の向かい側に腕を組んで座ると、灰色の目で厳しくにらみつけた。



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