― 街が忘れようとするもの
翌朝、アイデンは家を出た瞬間に違和感を覚えた。世界ではなく――自分の頭の奥で、何かがずれているような圧力。
学校に近づいた時、彼は足を止めた。
校門。昨日は曲がって、壊れていたはずの鉄の門が――今日はまるで新品のようにまっすぐだった。
アイデンの胃がきゅっと縮む。
――これは…俺のせいだ。
知っていた。変化が起きるのは、アイデンがミニュイテの中で “何かを変えようとした時だけ”。昨夜、彼はある記憶の細部を修正しようとした。その結果、パラドックスが“現実を修復”したのだ。
だが周りの誰も、それに気づく様子はない。皆にとって、門は最初から完璧だった。唯一、変化を覚えているのはアイデンだけだった。
昼休み、アイデンは中庭を歩いていた。突然、胸の奥に冷たい圧力が落ちた。息を吸った瞬間、まるで誰かが心臓を掴んだような感覚。
それは自分のものではない感覚だった。恐怖、焦燥、心臓を締めつけるような感覚――明らかに“誰か”が意図的に押しつけたものだった。
そして、ふっと消えた。
その瞬間、遠く離れた場所で、もう一人の覚醒者が目を開いた。彼の能力は特異で、**パラドックス透視(逆理視界 / Clairvoyance Paradoxale)**を持っていた。アイデンがミニュイテの中で何かを変えるたび、世界の歪みや矛盾、時間の書き換えを感知することができる。しかし、アーデンのようにそれを変えることは決してできない。彼は“監視者”として、ただ観察するしかないのだ。
彼は静かに呟く。「……まただ。アイデン、お前は何を変えた?」彼の視線は必ずアイデンのいる方向を向いていた。まるで運命に引かれるかのように。
ナエルはアイデンの横に現れ、落ち着いた声で言った。「感じただろ?今の感覚。」アイデンは驚きながら振り返る。
「どうして…?」
「俺には見えない。だが、誰かが感覚を押し付けてきたことはわかる。」ナエルは冷静に続ける。「アイデン、お前が昨日変えたこと――その結果、パラドックスは反応し、異常が生じた。」
アイデンは息を呑む。
「じゃあ、監視しているのは…?」
ナエルは静かに頷いた。「お前を見ている覚醒者だ。お前が何を変えるかを、ずっと観察している。」
風が吹き、一枚の紙が中庭を舞った。二人の前でぴたりと止まる。紙には二つの文字だけが書かれていた。見ていたよ
ナエルは紙を手に取り、低くつぶやく。「昨日お前が何を変えたか、そいつは全部知っている。」アイデンは一歩後ずさる。
ナエルは紙をポケットにしまい、真剣な目で言った。「アイデン――パラドックスは勝手に動いているわけじゃない。“お前が何をするか” を見て、判断しているんだ。そして……お前の限界を測っている。」
ナエルはさらに低く囁いた。「君とパラドックスは一つだ。あいつはお前を見守っている。」




