第2話
私が住んでいたボロアパートの前の道には黒い高級車が停まっていた。
簡素な住宅街に不似合いこの上ない違和感たっぷりのいかにもな車である。
私を肩に担いだ義兄を名乗る天飛という男の部下がその車の後部座席を開けると私は車の中に放り込まれる。
座席は私が今まで乗ったことがないくらいにいい素材らしく放り込まれて座席に身体をぶつけても痛くない。
こんないい車に初めて乗ったな。
ちょっと嬉しいかも。
そんな感想を持ったがすぐさま自分の後に乗り込んできたサングラスの男を見て現実に返る。
どんな高級車だってヤクザの車など乗りたくない。
私が慌てて体勢を整えるとサングラスの男の低い声が聞こえた。
「自宅に戻る。出せ」
「承知しました」
命令された運転手はすぐに車を発車させてしまう。
これでは逃げようにも逃げられない。
走っている車から飛び降りるなんて怖いことはできない。
だからといってこのままヤクザに連れて行かれて無事に済むかなんて分からない。どうしよう。
とりあえず座席に座り私は隣りに座るサングラスの男に視線をやる。
男はタバコを吸っていて黙ったままだ。
いきなり拉致された時にはどうなるかとパニックになったがすぐに殺されたりはしないようだ。
車がどこかに停まるまでは逃げられないのだからここはひとつ、今の状況を頭で整理したい。
そこで私は先ほど自分のボロアパートでのサングラスの男との会話を思い出す。
確か、この人は関東極道組織の「天昇火風光会」の若頭って言ったよね。
うん、それなら立派なヤクザさんだ。
名前は火風光天飛だっけか。私と同じ苗字だな。
そうだ、私の義兄とかなんとか言ってた気がする。
でも私にヤクザの義兄なんていない。うん、これは珍しい苗字だから誰かと間違えてる可能性大だよね。
「あ、あの~……火風光さん」
私は恐る恐るサングラスの男に声をかけてみる。
するとサングラスの男は私の方を見た。
「お前も火風光だろうが。俺のことは天飛と呼べ。凛子なら俺の名前を呼び捨てでも許すぞ」
いえいえ、いきなり呼び捨てはできません。
ヤクザさんを呼び捨てなんて後が怖いじゃないですか。
それにあなたは私よりもかなり年上でいらっしゃいますし。
「さすがに呼び捨てはできないので、天飛さんとお呼びすればいいでしょうか?」
「まあ、凛子がそう呼びたいならそう呼べ」
はい、そうさせていただきます。
「それで先ほど天飛さんは私の義兄だと言ってた気がするのですが、人違いではないでしょうか?」
サングラスの男……と呼ぶのも失礼だから今後は天飛さんと呼んでおきましょうか。
天飛さんはタバコの煙を吐き出しながら低い声で尋ねてくる。
「さっきお前は火風光凛子だって名乗っただろう? それに写真の顔とも一致している。それともお前は双子か何かなのか?」
「い、いえ、双子じゃないですけど、私は一人っ子なので義兄はいないと思うんですが……」
「一人っ子だったのは一カ月前までの話だろ?」
「一カ月前の話って……?」
「一カ月前にお前の母親と俺の実の親父が結婚した。それで凛子は火風光家の養女になったんだろ? だから凛子は俺の義妹になったんだ」
やっぱりお母さんの結婚と関係あったのか。
義兄だという天飛さんがヤクザの若頭ってことはもしかしてお母さんの結婚相手って……
「つかぬ事をお聞きしますが私の義父の方はどんなご職業をしているんでしょうか……?」
「あ? なに今更寝ぼけたこと言ってんだ、凛子。俺たちの親父は関東極道組織「天昇火風光会」の会長に決まってるだろうが」
あ~、やっぱりそうでしたか……って、義父がヤクザの親分とか聞いてないんですけど! お母さん!
「本当はお義母さんの要望で凛子には大学卒業まで火風光家のことは黙っておく予定だったんだが天昇火風光会の敵対組織に凛子が会長の養女だってバレてな。身の安全のため本家で凛子を引き取ることになったんだ。俺の弟たちも義妹ができたことを喜んでいるから気兼ねなく本家で暮らせばいい」
「今、弟たちって言いました……? まさか天飛さん以外にも私に義兄がいるんですか……?」
「ああ。俺は三人兄弟だ。俺はその長男だ」
まさかヤクザの養女になって義兄が三人もいるなんて……
そのヤクザの家でこれから暮らせって……?
そんなの無理だよおおおおぉーっ!!




