反撃
ダウチャヌイ軍の右翼で三〇〇〇の騎兵を指揮していたニュトヴィク・レテシュリーもまた、自分の戦果に興奮していた。ナルファスト公国軍の長槍隊への突撃に成功し、ナルファスト公の本陣に迫りつつあった。ナルファスト公の首を挙げるという巨大な武勲が指呼の距離にあるのだ。
ナルファスト公らしき人物を視界に捉えた。豪華な甲冑と馬具。その後ろに掲げられたナルファスト公の旗。間違いない。
ナルファスト公は動揺の色を見せず、レテシュリーを見据えながら槍をしごいていた。公爵自ら迎え撃つつもりなのだ。
落ち着き払ってたたずむナルファスト公に対して、本陣の護衛たちの混乱ぶりは何ごとか。あれでは公爵を守ることなどできはしない。レテシュリーは勝利を確信した。
「ナルファスト公! お命ちょうだいつかま……」
そこでレテシュリーは絶命した。
真横から射込まれた矢がレテシュリーの馬に何本も突き刺さり、馬が激しく転倒した。投げ出されたレテシュリーは地面に激突し、頸椎が破壊された。一瞬の出来事だった。
プテロイル隊が戻ったのだ。朝霧の中で一時的に本隊を見失ったが、朝霧が消えたことで迷走は解消した。馬を走らせたままレテシュリー隊に矢を射込むと、弓を投げ捨てて槍に持ち替え、そのまま騎兵突撃を敢行した。プテロイル隊はレテシュリー隊の三分の一に過ぎないが、真横からの横槍が成功したことでほとんど損害を受けることなく敵に大打撃を与えることに成功した。
「プテロイル卿、見事な突撃だった。助かったよ」
ナルファスト公は何ごともなかったかのように微笑をたたえてプテロイルをねぎらった。実のところ背中は冷や汗で濡れていたが。大将には虚勢を張ることも求められるのである。
敵の長槍隊は壊滅し、レテシュリー隊も敗走させた。「どうやら勝ったな」と言って、ナルファスト公は勝ちどきを上げた。だが、自軍の長槍隊もレテシュリー隊の騎兵突撃でボロボロにされており、再編が必要だった。
ストルペリン伯は苛立っていた。
正面と右側面から長弓隊に矢を射られ、思うように行動できない。左翼のナルファスト公国軍の状況は不明。中央の皇帝軍は膠着状態に陥っているらしい。そしてワルヴァソン公国軍は、こうして降り注ぐ矢の前で縮こまっている。
「一体、やつらはどれだけ矢を用意してきたんだ」
矢が無尽蔵にあるはずがない。敵の矢が尽きたときが反撃の潮時と思って機会をうかがっていたのだが、一向に攻撃がやまない。
実際には一度に飛んでくる矢の数は大したことはないのだが、絶え間なく射込まれてくるため大量の矢が飛んできていると錯覚させられている。弓兵を複数の隊に分けて、一隊が射るとすぐさま次の一隊が射るのだ。盾で矢を防ぎつつ、ストルペリン伯は冷静に敵の攻撃を観察していた。
厄介なのは、二方向から攻撃されていることだ。正面の敵に対して無理に前進しようとすると側面から矢を射られてしまう。右側からなので盾で防ぐのも難しい。
「まったく、いやらしい攻撃だな。今後の参考にさせてもらうとしよう」
ストルペリン伯は、自分がここで討ち死にするとは全く思っていなかった。
「ナルナーソン卿、騎兵を五〇〇集めて歩兵の後方に回せ。私が直接指揮を執る」
「何をなさるおつもりで?」
「降ってくる矢を眺めているのは飽きた。決着をつける」
ダウチャヌイの巧みな用兵で帝国軍全体が押さえ込まれているが、ダウチャヌイ軍の数は実は帝国軍に対して劣勢だとストルペリン伯はみた。であれば取るべき方法は一つ。
「力攻めだ」
ストルペリン伯はニヤッと笑った。
ストルペリン伯は、新たに編成した騎兵隊を自ら率いて大きく迂回しつつ、自軍を右から攻撃している敵の弓兵に迫った。弓兵たちは、左側面から現れた騎兵に簡単に粉砕された。
「せいぜい一五〇〇というところか。こんな寡兵にワルヴァソン公国軍が足止めされるとはな」
続けてワルヴァソン公国軍の正面にいる弓兵たちを攻撃する。今回も大きく回り込みながら接近し、敵の左側面から突撃する形になった。こちらも一五〇〇人程度。
強兵と恐れられるワルヴァソン公国軍一万二〇〇〇が三〇〇〇の弓兵に苦しめられていたとは。ストルペリン伯は肩をすくめた。と同時に、怒りも湧いた。この三〇〇〇の弓兵はワルヴァソン公国軍に勝つためではなく、行動を制約するためのものだ。この会戦でワルヴァソン公国軍を除外する形で決着をつけようとするとは何と無礼な。
何としてでも主戦場に絡まなければ気が済まなかった。




