ダウチャヌイの苦悩 その2
帝国軍との戦いは、ダウチャヌイを戦死させる、あるいは失脚させるために仕組まれたものだ。何万もの人間が、こんなくだらないことのために殺し合いをしている。
ダウチャヌイは、私兵を率いてポルトヴィク王国の東方に広がる諸国、諸部族の領土に遠征し、各地を平定していった。そして、巧みな用兵と統治によってわずか数年で多くの地を征服した。
ダウチャヌイは成功した。成功し過ぎた。第一王子のカヌチャネク・ピルアーストがまずダウチャヌイを恐れ始めた。高まり続ける声望はカヌチャネクにとって脅威だった。
それに大貴族が同調した。彼らにとって、強過ぎる王権は不都合だった。王国は大貴族たちの合議によって動かされるべきであって、王はお飾りでなければならない。現王ペルネチャト・ピルアーストも第一王子のカヌチャネクも、無能とはいわないが才気に乏しく、大貴族と対立する気概はない。ペルネチャトを継ぐのはカヌチャネクであることが好ましい。だが、ダウチャヌイはその気になれば実力で王になりかねない力を持ってしまった。
そして、現王ペルネチャトまでがダウチャヌイを恐れ始めた。ダウチャヌイの力は既に強大だった。別に、第一王子の地位を奪う必要はない。王になるのを待つ必要もない。現王の地位を奪うのではないか。
こうなると、ダウチャヌイの意思はもはや関係なかった。可能であるという事実が問題なのだ。
こうして、ダウチャヌイを排除するための陰謀が発動した。誰が首謀者なのか、誰の筋書きなのかは分からない。さまざまな思惑が混ざり合って、奇跡的に形になったというのが真相だ。
国外に遠征していたダウチャヌイは、この陰謀を察知できなかった。そもそも彼は小物の妬みそねみ怒り恐怖といった感情を理解することができなかった。視界に入らなかった。彼の視線はあまりにも遠くに向いていて、足元に穴があることに気付かなかった。
まず、ダウチャヌイ寄りとみられていた貴族や罪人から成る遠征軍が編成され、スルヴァール王国に送り出された。勝つ必要はない。むしろ全滅することを期待していた。ポルトヴィク王国には不要と見なされた者たちだったからだ。
そして報復のために帝国軍が侵攻してくると、ダウチャヌイを呼び戻して迎撃の指揮を押し付けた。敗死するもよし、迎撃に失敗してぶざまに逃げ帰ってくるもよし。全ての責任をダウチャヌイに着せて、帝国と和平を結ぶ。多少の領土割譲も計算内だ。ダウチャヌイが征服した東方領土を接収すれば元は取れる。
陰謀には鈍感だったダウチャヌイも、迎撃軍の指揮を任された辺りで悪意に気付いた。負けることを期待されていることがひしひしと伝わってくる。
「全く、何がロメルト・クリズルだ」
ダウチャヌイは、王国に疎まれ死地に追いやられようとしている自分を笑った。
だが、期待通りに死んでやるのは不本意極まりない。この陰謀を巡らせた連中に嫌がらせをするためにも生き残らねばならない。
「トスレニエーイ隊に何か指示をお与えになりますか?」とカエトニェイがささやいた。
「いや、しばらくトスレニエーイに任せる。それより敵左翼の状況はどうか」
ダウチャヌイが本陣を置いている高台からでも、ナルファスト公国軍の様子は遠過ぎてよく見えない。そういえば、ナルファスト公国軍と戦っているはずの自軍右翼からの伝令が来ていない。




