会敵
風を切る音が襲いかかってきた。
「左だ! 防げ!」
ナルファスト公国軍の左側面から大量の矢が射込まれてきた。ポルトヴィク王国の長弓は強力なことで知られている。最初の攻撃でかなり損害が出ただろう。
「プテロイル卿、騎兵で長弓隊を粉砕せよ!」
プテロイルに預けた1000騎で長弓隊を探して沈黙させるしかない。
敵の矢を防ぐための防御板は、陣の前面に設置していた。左側面を無防備にしていたのは失策だった。左からの攻撃にナルファスト公国軍を対応させつつ、右側に置いておいた諸侯軍をナルファスト公国軍の背後に展開させた。ただし左からの矢に対応させつつ反撃するのはナルファスト公国軍のみとした。背後に配置した諸侯軍はナルファスト公国軍の側面を守ることに専念させて敵の襲来に備えさせた。左側面つまり北からの攻撃が陽動だとすると、本隊は東か西から来る可能性が高い。
「プテロイル卿が長弓隊を駆逐するまでは耐えろ!」
帝国軍右翼のワルヴァソン公国軍も、南から矢を射込まれて損害を出していた。
相変わらず、周りを見渡しても霧で敵軍の姿は見えない。にもかかわらず、ワルヴァソン公国軍の位置に正確に矢を射込めるのはなぜか。
ストルペリン伯は何度も前後左右を眺め、そして霧が薄い場所が1カ所だけあることに気付いた。
「上……か」
冷たい朝霧は、地表近くに広がっている。そのため上下方向の厚みはそれほどない。上からならば、見えるのかもしれない。地上から空や木のてっぺんが見えるように。
木のてっぺんが見える。
「ナルナーソン卿! 身軽な者を木に登らせて敵軍を探せ!」
中央の皇帝軍は緊張感に包まれていた。左右で戦闘が始まったことは音で分かる。敵の規模と方向を確認するため、左右に偵察および伝令を出した。必要であれば救援しなければならないが、状況が不明では動けない。救援のために騎兵を動かすのを敵本隊が待っている可能性が高い。
そうこうしている間に、ストルペリン伯からの伝令がやって来た。敵は木の上からこちらの位置を捕捉していると思われるという。
「なるほど上か。さすがストルペリン伯だな」
ナルファスト公にもこの情報を伝えるように指示し、皇帝軍も周囲のなるべく高い木に登って索敵せよと命じた。
敵はこの盆地の特性と対処法を熟知して、巧みに活用している。敵ながら見事だ。だが、不利な状況で先制攻撃を受けつつ落ち着いて対応している友軍も捨てたものではない。気心が知れたストルペリン伯とナルファスト公が左右にいるのは実に心強い。
「敵の左右はまだ持ちこたえているのか」
ダウチャヌイ・ピルアーストの声にはやや苛立ちの色が混じっていた。とうに日の出は終わり、太陽の高度が上がりつつある。それに伴って気温も上昇する。朝霧もそろそろ消えるだろう。その前に帝国軍の左右を崩しておきたかったが、長弓隊だけで勝とうというのは虫がよすぎたか。
「敵の左翼に騎兵を突入させろ。長槍隊が後に続け」
ダウチャヌイが誇る深紅の騎兵部隊が動き出した。恐らく敵も木を使った索敵に気付く頃だ。朝霧も消えかかっている。視界不良に紛れた攻撃はもう通用しない。
さらに、敵中央の皇帝軍を攻撃するための長槍隊にも前進を命じた。まず左翼を崩し、皇帝軍が左翼を援護しようとしたところで皇帝軍に攻撃を加える斜線陣である。
敵の右翼に対しては、予備の弓兵を前進させて前と右から攻撃して足止めしておく。左と中央が崩れれば、右翼はどのみち敗走せざるを得なくなる。敵の全てと戦う必要はない。
プテロイルは矢が飛んでくる方向に向かって騎兵部隊を走らせた。だが敵の発見に思いのほか時間を取られた。視界が悪い霧の中で馬を走らせること自体が困難であることを考えると、敵を発見できただけでも上出来だった。
長弓隊に騎兵と戦うすべはない。側面からの騎兵突撃によって、長弓隊は一瞬で潰走状態に陥った。もはや組織的な攻撃は不可能だろう。
長弓隊を沈黙させるという任務は見事に果たしたが、問題が残った。
「ここはどこだ?」




