大公と公爵と伯爵
本作は『愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―』の登場人物による番外編です。
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「敵軍はまだ捕捉できないのか」
「はい」
「嫌な予感がする。北西にも斥候を出せ」
「そちらは湿地帯です。大軍の進軍は不可能ですが」
「地の利は敵にある。湿地帯を抜けられる経路があるかもしれない」
「御意」
帝国の北東に広がるポルトヴィク王国に侵攻した帝国軍は、決定的な会戦を避ける敵軍に翻弄されていた。
総勢五万四〇〇〇人の帝国軍総司令官に任じられたのは、弱冠二〇歳の大公だった。彼は帝国軍の中核を成す皇帝軍二万一〇〇〇人の司令官でもある。
帝国軍は、必要時に皇帝軍と諸侯軍で編成される。枢機侯会議で過半数の賛成を得る必要があり、めったなことでは編成されない。帝国軍の編成は二一年ぶりのことであり、もちろん大公は前回の帝国軍のことなど知らない。
大公は、次の作戦行動が定まるまでは行軍を停止することに決め、この開けた土地に宿営地を構築した。
大公の天幕には、参陣した諸侯や幕僚が集まっている。
天幕の中央に置かれた台の上には、ポルトヴィク王国の地図が広げられている。地図といっても、白い部分が多い不完全なものだ。外交的、商業的な交流はあるので主要街道や都市、城の位置は分かるが、街道を外れた地域の地形など不明な点が多い。地図は重要な戦略情報なのだから当然のことである。
大公はこの地図に目を落として、敵の動きを予想しようとしていた。
「このプラチヌイ城に籠城しているという可能性はないか?」
ストルペリン伯が、地図を人さし指でなぞりながら二〇キメルほど北東にある城塞を指先でコツコツとたたいた。
彼はワルヴァソン公の次男で、老齢のワルヴァソン公に代わって皇帝軍に次ぐ兵力である一万二〇〇〇人のワルヴァソン公国軍を率いている。
「あるいは、籠城したと見せかけてプラチヌイ城の近くに潜んでいるかもしれない」
「ストルペリン伯、大公殿下に対してその口の利き方はいかがなものか」
大公の付家老であるダウポロス副伯が不快感を示した。大公に対して敬語を使わないストルペリン伯の話し方が気に入らないのだ。
「ストルペリン伯に敬語は無用と言ったのは私だ。気にするな」
「しかし……」
「ダウポロス副伯には、宮廷儀礼ではなく敵軍について考えてもらいたい」
大公にこう言われてはダウポロス副伯も黙るしかない。ストルペリン伯は肩をすくめると、改めて地図に目を降ろした。
「ナルファスト公が到着されました!」
別行動を取っていたナルファスト公国軍八〇〇〇人が戻ってきたようだ。しばらくして、ナルファスト公が天幕に入ってきた。
「ご苦労だった、ナルファスト公。首尾はどうか」
「砦は落としましたが、敵本隊は出てきませんな」
「ふむ、エサには食い付かなかったか」
ストルペリン伯が頭を掻きながら苦笑した。
「エサにしては生きが良過ぎたかもしれぬな」
大公も笑った。
尚武の国として名高いナルファスト公国の軍旗がはためくのを見れば、手出しを躊躇するのも無理はない。
あえてナルファスト公国軍を単独行動させて敵の主力の攻撃を誘ってみたのだが、敵は乗ってこなかった。
「アルテヴァークなら食い付いてくるのですが。ポルトヴィク人は慎重ですな」
「それよ。ポルトヴィク人は本来慎重なのだ。ポルトヴィク王国……やつらは一体何がしたいのか」
ストルペリン伯は首をひねった。
ポルトヴィク王国の行動は、やることなすこと中途半端で、それが戦略に基づいた作戦行動なのか行き当たりばったりの錯乱状態なのか、いまひとつ判然としない。




