プロローグ
(キャー!!!こっち見てー!!!)
(カッコいいー!!!サイコー!!!)
溢れんばかりの歓声の中、オレ達はステージへと駆け出した。
登場とともに、更に熱くなる歓声。
その熱気に負けないように、オレは声を振り絞った。「皆さんのおかげで、オレたちはここまで来ることができました!
聞いてください!『イニシオ』!」
これは、就活に失敗し、何の取り柄もなかったオタク大学生が、アイドルとして成功するまでの物語ーーー。
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(ピピピピッピピピピッ)
(ガシャッ)
「ふぁー。よく寝たー。」
本日5回目となるアラームを止め、オレはようやく起き上がった。
スマホの時計を見ると、時刻は12時を回っている。
8時から1時間毎にスヌーズをかけて、やっと起きたというところだ。
ただ、これで焦るということはない。
なぜなら、これがオレの日常だからだ。
寝巻きの短パンを脱いで、長ジャージに着替える。
身支度はこれで完了だ。
何かのスレでで男の短パンは見苦しいというの見たことがあったため、とりあえず長いのを履いとけば問題ないと思っている。
そこら辺に転がっていた菓子パンを食べて、歯を磨く。
じいちゃんから譲り受けたスクーターに跨り、片道15分の大学に向かう。
紹介が遅れたが、オレの名前は田中紅太。
どこにでもいる普通の大学四年生だ。
ちょっとだけ普通じゃないところと言えば、いわゆる自分がデブオタクの部類で、更には就職先がまだ見つかっていないということ。
3年生の終わり頃から5社ほど受けたのだが、見事に全滅。
心が折れたのと、もうこれからの時期頑張ってもしょうがないだろうということで、一旦考えるのを放棄した。
大学に着くと、駐車場横の小さいプレハブに足を進める。
「ちーっす。」
「おー、紅太殿。今日も安定の社長出勤ですなー。」
「そういう剛はいつ来たんだよ。」
「オレ氏も今しがた来たところですぞ。」
「お前もじゃねーか!」
「デュフフフ。」
オタク特有の話し方をするコイツは、金崎剛。
オレが普通デブだとしたら、コイツは金髪デブと言ったところか。
剛もオレと同じで就活失敗組である。
ただ剛はかなり成績優秀。
なぜ就活がうまくいかなかったのか不思議でならない。
「紅太さん、昨日のすももさんの配信は見ましたか?」
「うん、見た見た!ももたん相変わらず絵うますぎよな!」
「それでいて視聴者を飽きさせないトーク力。
これだから推すのをやめられませんねー。
古参から推してきた私としては、少し寂しくもあるんですがね。」
ティーカップ片手に熱く語る自称執事系?キャラのコイツは森田翠。
スーツ姿に片眼鏡(度なし)というスタイルになぜかこだわっていて、真夏日も汗だくになりながら頑張っている。
地元では有名な建設会社の息子だが、兄がすでに会社を継ぐことが決まっているため、ここで自由に過ごしているらしい。
金持ちデブと命名しておく。
「紅太っちやっほー!お菓子食べる?」
「アレキやっほー。
いや、さっき飯食ってきたから今はいいや。
て、どんだけ大量に抱えてんだよ!」
「あー、これね!こっちのはボクが持ってきたお菓子だけど、こっちのはクラスの子にもらったんだー!」
と無邪気な笑顔で話すのは橋口アレキサンドライト。
父親がロシア人のハーフだ。
陰のイメージが強いデブオタが多い中、コイツは例外で、意外と女子に好かれている。
少し悔しいが、愛されデブと呼んでおく。
以前進路の話をした時、就活って何?美味しいの?と素なのかワザなのかわからない返しが来たため、そこからはそっとしている。
オレを入れたこの4人は、漫画サークルの仲間だ。
毎日ここで好きな漫画やアニメの話をするのが本当に楽しくて、気がついたら4年生になっていた。
ただ何も焦ったりはしていない。
裏でZD4(残念デブ4)と呼ばれているというのも、きっと気のせい。
オレはこの4人と、いつまでもこの日常が続けばいいと思っているからだ。
ーーーそう、あの日のオレは、この日常は続いていくものだと思っていたーーー。