8.ありがとう、梨花。
「おはよう、みんな」
元気よく挨拶をしながら朝の教室に入っていく。クーラーで冷えた心地よい空気が汗ばんだ身体を急激に冷やす。
早い方ではないのですでに何組かは先に座って雑談に花を咲かせておりリカに気付いたクラスメイトは挨拶を返してきた。
「あれ、カチューシャしてるの珍しいね」
席に着くなら隣の席にいた友人がいつもと違う髪型にいち早く気がついた。そうなのである。昨日の出来事のあとから梨花は頑なに付けさせようとしてくるためとうとう学校までする羽目になってしまったのだ。
梨花はやけくそだったのだろう、恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらこれを強制してきたのだ。まさかあんなに強気でくるとは思わなかったので予想外ではあった。
「そ、そうなんだよ。たまには気分転換でもしようかと思って。」
「ふーん、とか言って本当はなんか悩み事とかあるんじゃないの?好きな人いるとか!」
「そ、そんなわけないじゃん!違うよ!」
「またまた〜、赤くなってるよ。」
つい図星を突かれて顔が熱くなっていく。この友人とは長いがよく相手のことを見ている。
「リカ、本当に似合ってるから自身持ちなよ。応援してる!」
相手が誰なのかも予想がついているのだろう。あたしは相槌をしたところ彼女の視線が後ろに映り私に合図を送った。そこにいたのは同じ野球部でクラスメイトでもある江藤だった。
江藤は挨拶して顔を見るなり思考が止まってしまったかのように一瞬立ち止まった。いつもと変わったところに関して頭が追いついていないようだったがやがて口を開いた。
「髪型変えたんだね」
「思い切ったんだ、どうかな?」
少し照れくさかったが感想を聞いてみた。似合ってないって言われたらどうしよう。自分から聞いてみて徐々に不安に駆られてくる。
顔を直接見られない。一瞬の間であったがとても長く感じた。それに耐えられなくて顔を上げたら爽やかな顔の彼と目が合った。
「すごく似合ってるよ、とても。」
嬉しい一言だった。たった一言でこんな気持ちになるとは思わなかった。
「部活終わりさ、一緒に帰らない?たまにはさ。」
唐突に突拍子のないことを言ってしまった。少し驚いた顔の江藤の隣で友人も一緒に驚いている。言葉の意図を察したのだろう江藤は顔を赤くしながら頷いた。それを見てあたしも赤くなってしまう。
「もうあんたら付き合っちゃいないよ!」
友人は笑いながらツッコミを入れてあたしと江藤は恥ずかしそうにしながら笑った。そのままホームルームまでの間、談笑で花を咲かせた。
放課後どうなるか分からない。だけど不安はもうなかった。この楽しさはどうあってもなくならないだろう。なぜかそうなる気がした。
それはカチューシャのおかげか、友人のフォローのおかげか分からない。リカは机の上に広げていた手鏡を見やったがそれは梨花であったが同時にリカであった。内なら自分であった梨花はリカそのものになったのだろう。
弱い自分を見つめ直すことで。そしてそこから勇気を学ぶことで。自分にはないものを彼女は持っていた。一歩踏み出すことができたのは紛れもない彼女のおかげだ。
そうして心の中で呟いた。
ありがとう、梨花。
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