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3.恋の悩み

 高校2年である梨花の日課は鏡の前で話しかけること。ある日いつものように話しかけていたとき鏡の中の自分、リカにも自我があることに気付く。しかしリカは左右だけでなく性格も梨花とは反対であった。梨花はリカから最後に言われた一言の真意を考える。

 いーちいちに!いちに!そーれ!


 にーにーに!にーに!そーれ!


 集団走の掛け声が蝉の鳴き声に重なりながらもグラウンド中に鳴り響く。足並みの揃った野球部員たちは砂を掻きあげ空へと巻き上げていく。


 眩しいほどの青空に形のはっきりした夏雲を背景に茶色のグランドと植林された木々の間を部員たちが横切っている。


 グラウンドの校舎側に設置されたベンチに座りながらこの部のマネージャーである梨花は部員を観察していた。彼女は学年それぞれ2名ずつ、合計6名のうちの1人である。


 この高校の野球部は規則が厳しくないため髪型は自由であるが部活中は同じユニーフォームを着てキャップを被っているため見分けがとても付きにくかった。


 だが、中学の野球部時代からマネージャーを務めている彼女にとっては難しいことではなかった。マネージャーの仕事は部員の体調管理と監督の補佐。つまり、見切れない箇所を代わりに指示をしなければいけないのだ。


 それにより普段から意識的に観察する癖を身に付けているため遠目からでも判別できるようになっていた。この観察眼を買われて毎年10名以上の応募があるマネージャー役に就任することができたのだ。


 あれはなんだったのだろう。


 部員たちを眺めながら今朝のことを振り返っていた。鏡の自分が話しかけてきたなんて出来事は時間が経つにつれおかしなことであると感じてしまう。他人に相談なんてした暁には半日で妄想癖のある変人のレッテルを学年中に貼られてしまうだろう。


 しかし、ある一言が引っ掛かっていた。母親が心配そうに様子を見にきて引き返したあのあと。あのやり取りの後に鏡のリカが言った最後の一言が。「梨花、あたしたちーーー」

 

 「梨花!みんな帰って来るよ」


 同期の子に呼ばれ我に帰る。気がつくと空がオレンジ色に染まり始めた頃だった。練習を終えた部員たちがぞろぞろと梨花たちのいるベンチへと帰ってこようとしていた。こんなに考え込んでしまっていたとは、と梨花は後悔しながら保冷バッグに氷水とともに入れてあったペットボトルを取り出していく。


 特に渡し方の決まりはないのだがここでは同じ学年の部員に対して片方がタオル、もう片方が飲み物を渡す風になっており彼女は3年生の飲み物担当であった。


 練習終わりのこの時間は自然と3つの列が出来上がるため野球部名物の川の字と呼ばれている。流れ作業でほとんど渡し終えて最後の部員がやってきてた。


 「いつもありがとうな」


 日焼けで黒くなった肌に汗を纏いながら、その部員は低くも爽やかなお礼を言った。彼は他の部員と違いいつも一言掛けてくる。


 彼の名前は江藤純一。この部のピッチャー兼キャプテンである。身長は172cmほどで体格も特別いいというわけではない。だが、真面目で熱心な態度や安定したプレーで積み上げてきた実力は確かである。また誰にでもフランクな性格より部内が1つにまとめられている要因となっており、キャプテンとして欠かせない人物になっている。


 「い、いえ。マネージャーとして当然です」


 江藤の視線に梨花はつい目を下に逸らしてしまう。まっすぐ彼を見ることができなかった。


 「それ以上のことしてると思うぞ。サンキューな」


 そう言うと江藤は受け取ったペットボトルを掲げながら走り去ってしまった。梨花はその足音が自分の背後に行ったのを感じて振り返った。彼は他の部員に合流したところだった。


 「梨花、あたしたちーーー」


 リカが言った言葉を思い出した。


 「梨花、あたしたちで一緒に片想いを終わらせよう」


 胸を両手で押さえながら彼の背中を見つめていた。

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