稲光の出会い
あんなに晴れていた空がいつの間にか灰色の雲に覆われて、いつしかぽつりぽつりと雨が降り始めてきた。その雨の中を王子は行く当てもなく歩いた。
魔王の息子と持て囃されていた日々はけして良いことばかりでは無かった。親の七光りと影で言われたこともある。自分なりに努力を重ねてきたと思っていたが、こうして見知らぬ土地に放り出されてみると何も出来ない自分がいた。顔見知り程度で大して話したこともない同僚に助けを求めるのだから、これが魔界の王子とは笑ってしまう。
どうやら自分には力があると思い上がっていたのかも知れない。
遠くから雷鳴が聞こえた。
空に白い稲妻が光るのが見えて王子は近くの軒先に避難した。程なくして辺りは土砂降りの雨が降ってきた。
魔界の王子が雷に怖気付くとは…落ちるところまで落ちた自分の身を情けなく思っていると借りている軒先のドアが開いた。
人間族の女だ。
女は雨の様子を伺っているのか、しきりに空を見上げている。王子のことには少しも気が付かないようだった。
「あ…」
漆黒の髪を一つに束ねた女は白いシャツと黒のデニム、エプロンを身につけていた。化粧気はないが、どこか華のある雰囲気に王子は思わず声を出すのを忘れた。女はようやく王子がいることに気がつくと驚いたように目を丸くさせた。
「あ、す、すまない…雨がひどくなって軒先を借りている…」
「いえいえ!お気になさらず!雨、すごいですものね」
「雨がおさまったら失礼する…いや、ここにいては邪魔であろうからすぐに…」
「え!そんな、待ってください!今は雨が凄いですから…」
その時、稲妻が空を駆け巡った。
あまりの音の大きさに思わず体を竦ませると、女が手招きする。そのしなやかな指先に誘われるかのように王子はドアへと吸い込まれて行った。