呪われ王子と異国の姫⑭
──……誰でもいい。
この悪夢から救ってくれるのなら、何者でも構わない。
「……、ん──」
重く沈んでいた意識が、かすかな声に引き上げられていく。
薄く目を開くと、眩しい光に視界が揺れた。
「目ガ、覚メマシタカ?」
「……長い間、悪い夢を見ていたような……」
喉がひどく乾いているせいか、言葉が続かなかった。
頭の奥が、霞がかったようにぼんやりしている。思考の端に何かが引っかかっている気がするのに、それが何なのか思い出せない。
それなのに、どこか別の世界に生まれ変わったような感覚があった。
『まだ夢の残滓が残っているのでしょう。もう少しだけお休みください。次に目覚められた時は、さらに楽になっているはずです』
異国の言葉なのに、その響きは優しく、沈んだ心を撫でていった。
「……そうか。……君が、私を救ってくれたのか」
胸の奥に、奇妙な静けさが広がっている。
痛みも、怒りも、悲しみもない。
まるで、すべてを流し去ったあとの清々しさだけが、そこに残っていた。
それでも、自然と涙が滲んだ。
「……貴女の名を、訊いても?」
「……蕾玲。蕾玲、デス……オーティス殿下」
唇からこぼれたその響きは、どこか懐かしい温もりを帯びていた。
遠い夢の中で、一度だけ呼んだことのある名のように。
「蕾玲……」
オーティスは彼女の名前を胸に刻むように一度口にしてから、そっと目を閉じた。
──忘れてしまっても、確かに感じる。
何かを失った痛みと、その代わりに得た穏やかな安らぎを。
朝の光が静かに差し込み、彼の頬を照らす。
涙の跡をきらめかせながら、オーティスは静かに眠りへと戻っていった。
★★
『いやぁ、どうなるかと思ったけど、うまくいって良かったなー』
気を失ったオーティスは護衛騎士に運ばれ、部屋へ戻された。蕾玲は彼に付き添い、疲れた体を引きずるようにして後に続いた。
彼女の護衛はというと、蕾玲にはついていかず、用意された軽食を頬張っていた。彼曰く、蕾玲についていくのは「野暮」だという。
詳しいことは分からないが、呪術の効果を確かめるのは蕾玲のほうが適任だろう。
私は泣き疲れてしまって、動く気力もなかった。
一方リオネルは、私の腕に握られた手の痕や引っ掻かれて滲む血の跡を見て騒ぎ、彼自ら治療にあたってくれた。騎士の訓練で慣れているのか、傷薬の塗り方も包帯の巻き方も手際が良かった。
「でも、本当によかったのか……? イザベルのことを忘れたってことは、あいつがイザベルにしてきた仕打ちも、全部忘れたってことだ」
「……いいのよ。あの歪んだ感情のまま、イザベルのことを想い続けてほしくなかったの」
精神的に消耗した私は、リオネルの肩にもたれた。
やはり、彼の隣が一番落ち着く。
「でも、リオネルを刺した記憶も消えてしまったわね」
「お前がそれでいいなら、俺は気にしない。それより、ベルに怪我をさせた恨み、これからじっくりと復讐してやるさ」
リオネルは不敵な笑みを浮かべ、これからオーティスをじわじわといたぶるつもりのようだ。それについては、目をつぶることにした。
少し休んでいると、目の前で私の軽食まで平らげている昊然が目に留まり、つい声をかける。
『……それより昊然、食べ過ぎじゃない?』
『その分、動いて消費してるんだよ。心配なら、ベルも俺に付き合うか?』
『私、剣術は習ったことがないから、手合わせは無理よ?』
『ちげーよ。ほかにもっと、やれることがあるだろ? 俺なら足腰立たなくなるまで夜の相手してやれるぜ?』
『なっ……バ、バカじゃないの!?』
誤解を受けるようなことを平然と言ってくる昊然に、私は顔を真っ赤にして怒鳴った。
昊然はケラケラと笑ったが、隣では婚約者が怒りで全身を震わせていた。
「オーティスのことだけでも怒り狂いそうなのに。──ベル、なんでこいつに愛称で呼ばせてんだ?」
「……そのほうが呼びやすいっていうから」
「だからってお前まで呼び捨てで呼ぶ必要があるのか?」
「ウ・ランカ国では、それが普通みたいで……あの、リオネル、さん?」
焦る私に、リオネルはスッと立ち上がったかと思うと──
『今すぐ決闘しろ、昊然!』
『ハハ、望むところだ!』
止める間もなく、リオネルと昊然は剣を手にして部屋を飛び出していった。
呆れたように息を吐きながら、私はぽつりと呟く。
「自分だって呼び捨てで呼んでるくせに、私より仲良しじゃない」
すると、振り返ってきたリオネルと視線が合う。びしっと指を差されて「後で、詳しく、訊くからな」と言い放ったように感じ、私は思わず苦笑した。
さて、今のうちに逃げるべきか。
……と思ったけれど、疲れていたのでその場に留まって休むことにした。
私が眠りについたその頃、どこかでは友情が芽吹き、どこかでは新しい恋が始まり、そしてどこかでは、まだ誰も知らぬ出来事が動き出していた。
そうして物語は、知らないところで紡がれてゆく──。
【END】
第二章完結!読んでくださりありがとうございました~
漫画ではリオネルとイザベルのイチャイチャシーンを盛り盛りで描いてもらっています!
本編は完結しましたが、二人の婚前旅行などの番外編も更新していきます~
コミカライズ・講談社マンガアプリPalcy(火曜日更新)▼
https://palcy.jp/comics/2261
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https://comic.pixiv.net/works/10909





