表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ者の令嬢は、私が愛しましょう。【1/30コミックス④巻発売!】  作者: 暮田呉子
番外編Ⅱ【嫌われ者のお嬢様は、私が愛しましょう。】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/55

番外編Ⅱ-④

『あの……イザベルって、誰……?』


 ──最初は、混乱しているのだと思った。

 頭を打って生死をさ迷っていたのだから、後遺症が出ても不思議ではない。

 ただ生きてさえいてくれるなら……。

 それだけで良かったのに。


『お加減はいかがですか?』

『……もう大丈夫よ。心配かけたわね』

『そんなことありません! お嬢様が無事目覚めてくれて安心しました……っ』

『……ありがとう。おかげで生きていたわ』

『記憶も問題なくて良かったです。やはり昨日のお嬢様は混乱されていたんですね。すぐに主治医を連れてきますから、そのままお待ち下さい』


 目覚めてから翌日のこと、イザベルは本来の自分を取り戻していった。

 記憶も彼女しか知り得ないことを覚えていた。口調だってイザベルそのものだ。

 けれど……。

「お父様」だった呼び方は「公爵様」に変わり、衝突を繰り返してきた弟とは、何を言われても冷たくあしらうだけ。犬猿の仲だった幼馴染の子息とは仲良くなり、そして──心から愛していた王太子は、未練もなく想いを断ち切ってしまった。

 そして──


『──ニーナ』


 そう呼ばれるたび、言い様のない違和感だけが積み重なっていった。



 ★★


 グラント公爵領──。

 馬車の窓から燦燦と降り注ぐ陽光が、ニーナの頬を照らしていた。

 降り立った屋敷は、息が詰まるほど静かだった。

 老執事だけがイザベルに扮したニーナを出迎え、ひっそりと屋敷の中へ入っていった。


 イザベルが目覚めてから今日まで専属メイドとして仕えてきたニーナは、主人の元を離れ、護衛の騎士たちと共にグラント公爵領にある公爵邸にやって来た。

 目的は、イザベルを尾行する輩を彼女から引き離すこと。そのため入れ替わったニーナは、この公爵邸で主人に代わり、公爵令嬢を演じなければならなかった。

 最初は元孤児に貴族令嬢など荷が重いと思ったが、ストラッツェ公爵家の子息リオネルに「誰よりもイザベルのことを分かっているお前が適任だ」と頼られ、複雑な気持ちになった。


 ……本当に分かっていたら、今もお嬢様はお嬢様のままかもしれない。


 なのに、傍についていながら、引き留めることができなかった。

 ニーナは、変わってしまったイザベルのことを訊きたかったが、リオネルが彼女を見つめる表情が、切なくなるほど愛しい者に向けるそれで、それ以上尋ねることができなかった。

 一方、イザベルはその後も本物のイザベルのように振る舞った。

 それでも、人に物を頼むときに遠慮する癖、他人の顔色を窺う癖、何でも一人でこなそうとする癖は、無意識に出てしまうものだ。

 とくに彼女は、相手の反応をよく見ていた。空気が少しでも変われば、不安に駆られるような繊細な心の持ち主なのかもしれない。

 だからこそ、ニーナは注意深く、これまでと変わらないように仕えた。

 彼女が、自分と同じように、イザベルを大切にしようとしたのが伝わってきたからだ……。



 リオネルの計画を遂行するために、ニーナはイザベルのように背筋を伸ばして屋敷へ入っていった。

 使用人たちの視線は、王都の屋敷にいる使用人たちより冷ややかだった。

「元孤児らしいわ」「公女様があのような者を傍に置いておくなんて」「あの我儘姫には丁度いいのさ」──そんな囁きが聞こえてくるたび、胸の奥がきゅっと痛んだ。

 けれど、ニーナは視線を上げて堂々と階段を上がり、案内されたイザベルの部屋に向かった。

 老執事が「イザベルお嬢様が帰られる時、誰も入れないようにと命じられたため、誰も入れておりません」と教えてくれた。

 イザベルは一度だけ「頭を冷やすように」と公爵領に送られたことがあった。けれど、ニーナは同行できず、彼女がここでどんな風に過ごしてきたか分からない。

 ただ、この部屋は今──イザベルが最後に使ったきり、誰もその痕跡を消すことなく残っているということだ。

 恐る恐る扉を開けて中へ足を踏み入れた瞬間、ニーナは息を詰めた。

 逃げ場を失った薔薇の香りが、空気の中に沈んでいた。

 窓から差し込む日差しもなければ、木のぬくもりも感じない。イザベルの気配だけが、閉じ込められていた。

 ニーナは家具に気を付けながら、閉め切られたカーテンを開くと、レース越しに差し込んだ光が部屋を薄く照らした。

 振り返って部屋全体を見渡すと、立ち止まっていた時間が静かに動き出す。

 入った瞬間は、公爵令嬢の部屋とは思えなかったが、それぞれの位置に置かれた大きな家具を感じさせないほど、広々とした空間に圧倒させられる。

 ふと視線を走らせば、テーブルの上に空になったティーカップと、転がった羽ペンと、書きかけの手紙があった。

 ここで、ニーナの知る「イザベルお嬢様」が過ごしていた。

 それだけで、視界が歪んだ。


「お、嬢様……」


 そこはイザベル自身の思い出がたくさん詰まった部屋だった。

 愛する、大切なお嬢様の。

 ニーナはテーブルに近づき、薄く埃の被った手紙を震える手で持ち上げ、そっと文字に目を通した。


『──ニーナへ。貴女の髪結いが一番好きよ。でも、それを言うと、きっと調子に乗るから言わないでおくわ。それから、もし私がいなくなったら――』


 そこで、インクの跡が途切れていた。

 書こうとした言葉が、最後まで形にならなかったのだろう。

 インク瓶の蓋は開いたまま、ペン先が乾いている。

 まるで、書きかけの想いをそのまま残し、立ち上がって出て行ったようだった。


「──……っ」


 体が床に落ちるまでの間、これまで張り詰めていた何かが一気にほどけていく。

 堪えていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「……お嬢様っ! どう、して……! ずっとお傍で仕えるって……約束、したのに……っ!」


 喉を焼くような嗚咽がこみ上げる。

 あの日、何もできなかった後悔が再び胸をえぐる。

 ニーナは泣きながら、静寂の中で手紙を抱きしめた。


「……お嬢様、どうして……っ! なぜ、思い留まってくれなかったのですか……っ!」


 もっと、お嬢様と話がしたかった。

 もっと、笑う顔が見たかった。

 もっと、髪を結ってあげたかった。

 もっと、もっと、傍で……一緒に過ごしたかった。


 床に膝をつき、顔を伏せ、あふれ出た涙が頬を伝う。

 これまで必死に我慢してきたものが、遠く離れた地で一人になったことで、自身を覆っていた鎧がすべて脱げ落ちてしまったようだ。

 誰もいないこの部屋なら、泣いてもいい気がしたのだ。

 もちろん、慰めてくれる人はいない。

 この世界の、どこにも。


 ──お嬢様は、遠くへ旅立ってしまったのだから……。



 いつの間にか、明るかった空は夕暮れの柔らかな日差しが差し込んでいた。

 その柔らかな光の中で、ニーナは静かに微笑んだ。


「……私はずっと、お嬢様のメイドです」


 ニーナは涙を拭い、赤い髪を取り外して立ち上がった。

 泣き切ったら、あとはお嬢様のメイドであるニーナに戻るだけだ。

 この場所で、あの人の生きた証を守り続けるために。

 そして今を生きる「イザベルお嬢様」が、同じ選択をしないために。

 ──それが、一生仕えると誓った主人の願いだから。

 ニーナは手紙を丁寧に折り畳んでポケットにしまい、イザベルで満たされた部屋に一礼して、静かに掃除を始めた。

 それは誰かと語らうように、夜が明けるまで続いた──。


ニーナちゃんの番外編でした~

前編後編で終わる予定が、気持ちが溢れて長くなってしまった…

次から第二章を更新していきます、引き続きよろしくお願いします!

コミックス④巻も発売しておりますよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★コミックス④巻 2026/1/30発売★
4iz54oe73fokebn5e5f7blq4m6to_cd9_8c_bv_6l4l.png
▲公式サイト
漫画担当:藍原ナツキ先生
配信:講談社マンガアプリPalcy(パルシィ)・pixivコミック
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ