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嫌われ者の令嬢は、私が愛しましょう。【8/29コミックス③巻発売!】  作者: 暮田呉子
番外編Ⅱ【嫌われ者のお嬢様は、私が愛しましょう。】

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番外編①

 ──決して、悟られてはいけない。


 一瞬の悲しみも、一瞬の違和感も、一瞬の不安も、繊細な()()には簡単に気づかれてしまうから。

 今にもすべてを投げ出して消えてしまいそうなあの方に、使用人として寄り添えるのは自分だけ。

 一生を捧げると誓った、あの日から……。



「ニーナ、今日は貴族様がいらっしゃるから、玄関の掃除は丁寧にね」

「分かりました、院長先生!」


 物心付くころから孤児院で暮らし、院長や先生、同じ境遇の孤児たちが家族だった。養子として引き取られていった孤児も多く、十歳になったばかりのニーナは、そろそろ自分の番かもしれないと落ち着かない日々を過ごしていた。

 そんな中、貴族が慰問にやってくると聞き、皆が浮き立った。

 これまでも多くの貴族が訪れたが、彼らは長く留まらず、院長の話だけを聞くとすぐに帰ってしまっていた。今回は期待外れにならなければいいな、と思いながら、任された玄関を箒で掃いた。

 室内に戻ると、外出用の服に着替えるように言われた。

 着替えが一斉に始まったため、先生の手が回らない時は、年上の子が下の子の面倒を見るようになっていた。自分たちはそうやって支え合ってきたのだ。

 ニーナは三歳の女の子の髪を結ってあげると、それを見た他の女の子たちが「わたしも!」と集まってきた。

 髪を結ってあげるのは得意だ。先生や、年上の女の子が結ってくれるのを見ている内に覚えてしまった。いつもより可愛く結ってあげると、それだけで女の子は笑顔になって喜んでくれた。それが嬉しかった。

 身支度が整うと、先生と子供たちは外に出て門の近くに集められた。

 緊張気味に待っていると、一台の白い馬車が現れた。これまで見てきた中で、最も豪華で美しい馬車だった。馬車の周りには、馬に跨った護衛の騎士たちが同行していた。


「グラント公爵家の馬車だわ! まさか、本当にいらっしゃるなんて」


 その日は、子供より先生たちのほうが騒いでいた気がする。

 馬車が停まると、騎士の一人が扉を開けて手を差し出した。

 どんな貴婦人が出てくるのだろうとわくわくしながら見守っていると、驚くことに現れたのは自分より少し年上の女の子だった。


「わあ、きれい! 本物のお姫様みたい!」


 本当にその通りだった。

 背中を流れる真っ赤な髪に、人形のように整った顔立ちに、大きな金色の瞳。動いているのが不思議になってしまうほど、美しい貴族の令嬢だった。

 彼女は自身より何倍も大きい騎士を従え、出迎えてくれた院長に挨拶を済ませる。次に、同じく待機していた先生や、子供たちのところに足を運んでくれた。


「あなた、可愛い髪型をしているわね」

「あの、これね! ニーナお姉ちゃんがやってくれたの!」


 令嬢は左右の髪をお団子にした女の子の前に立ち止まると、声をかけてきた。貴族の方に対する言葉遣いなど、三歳の子供が分かるはずがない。空気が張り詰めると、大人たちは一斉に息を呑んだ。

 けれど、令嬢は別段気にしている様子もなく「そうなの」と頷いた。下の者に対する口調ではあるものの、嫌な感じはしなかった。


「うん、あそこにいるお姉ちゃんだよ!」


 声を掛けられた女の子は、ニーナのほうを指差してきた。突然のことに悲鳴を上げそうになったが、令嬢と視線が重なると時間が止まったように感じられた。

 長いようで、実は一瞬だった。


「そう、他の子たちもあなたが?」

「は、はひっ……! 私がやりました!」


 近づいてきた令嬢はくりっと大きな金色の瞳で、ニーナの顔を覗き込んできた。彼女から、ほんのりと甘い香りがしてきて心臓が跳ね上がった。

 ──物語に出てくる、お姫様みたい。

 緊張しているのが伝わってのか、令嬢はふっと笑った。

 もし彼女の肩から滑り落ちた髪に触れることができたら。この手で、彼女の髪を結ってあげることができたら……どんなに幸せだろう。

 叶わない夢に想いを馳せていると、令嬢は何も言わず院長の元へ戻ってしまった。離れていく後ろ姿を残念に思いながらも、しばらく顔のほてりが治まらなかった。


 グラント公爵家の令嬢、イザベル・ネヴァ・グラント。

 彼女の母親は出て行ってしまったが、父と弟がいる。ニーナとは二歳違い。母の代わりに孤児院の慰問に訪れるなど、公爵夫人の仕事を引き受けているようだ。性格は傲慢な我儘姫で、評判はあまりよくなかった。それが、ヒソヒソと話す先生たちから得た情報だ。

 イザベルは今も院長に案内されながら、建物の中を見て回っていた。これまでの貴族とは少し違っていた。ニーナはその姿を拝みたくて、他の子たちと一緒に建物の中を移動するイザベルの後を追った。物陰から隠れて様子を窺うものの、護衛の騎士が邪魔で見えなかった。

 それでも一瞬だけ見えたイザベルの顔は、孤児院に興味を示しているようには思えなかった。

 なのに、彼女はすぐには帰らず、一つひとつ丁寧に見て回っていた。


「お嬢様、そろそろお時間です」

「ええ、分かったわ」


 また話す機会が巡ってこないかと期待したが、騎士がイザベルに帰宅を促した。

 院長や先生たちと挨拶を交わすと、イザベルは騎士に付き添われ、馬車に向かった。今を逃したら、もう二度と会えなくなりそうな気がして、追いかけたい衝動にかられた。

 もう一度だけ、たった一瞬でもいいから──。

 ──その時だ。

 馬車のそばで待機していた騎士の一人が、急に声を上げた。


「な、なんだお前たちは! ぐっ、あああ!」


 きらめく刃が見えた瞬間、その騎士から血しぶきが上がった。

 瞬間、悲鳴が響き渡った。

 なぜ、貴族は揃いも揃ってすぐに帰ってしまうのか不思議に思っていたけれど、今ならその理由が分かる。警備が薄い場所では、留まれば留まるほど危険なのだ。

 黒いフードを被った怪しい輩が五人。見送りに出ていた院長先生が襲われそうになると、騎士の一人が気づいて敵の一人を剣で薙ぎ払った。


「お嬢様をお守りしろ! くっ……お嬢様は建物の中へ!」


 相手の狙いは間違いなく、公爵令嬢であるイザベルだった。恰好からすぐに彼女だと分かってしまうだけに、暗殺者らしき彼らの視線はつねにイザベルに向けられていた。一人がやられ、残った三人の騎士がイザベルを守ろうとするも、敵の一人が隙をついてイザベルに刃を振り上げた。

 危ないと思った瞬間、ニーナは自然と駆け出していた。


「イザベル公女様!」


 ニーナは暗殺者の足めがけ体当たりすると、イザベルの手をつかんでいた。


「公女様、こっちです!」

「あなたは……」


 イザベルは呆気にとられていたが、ニーナは彼女の手を強く握りしめ、そのまま建物に向かって走り出していた。

 孤児院の建物なら目を瞑っていても歩ける。ニーナは玄関のドアを閉めて鍵をかけ、再びイザベルの手をつかむと奥の部屋へ向かって駆け出していた。


「先生、悪い人たちが公女様を襲ってきました!」


 建物の中に残っていた先生たちに向かって叫ぶと、他の仕事をしていた先生たちは部屋から飛び出してきた。同じく、外の光景を目撃してしまった子供や、ニーナの叫びを聞きつけて他の子供たちも集まってきた。中には、怖くなって泣いている子供もいた。


「まあ、大変! 子供たちをすぐに集めて!」

「子供たちは例の部屋へ急いで!」


 大人たちの指示に従って、子供たちは移動を始めた。ニーナもイザベルの手を握り締め、他の子たちに混ざって、さらに奥の部屋を目指した。


「公女様は、私がお守りします!」

「……私は平気よ。それに、我が公爵家の騎士は強いから心配いらないわ」


 このような状況でも、イザベルは平静を失わず落ち着いていた。けれど、こんな時でも強がらなければいけない彼女の立場を思うと、余計に何とかしてあげたくなった。今だって、震えているのが指先から伝わってくる。

 子供たちは壁に取り付けられた、子供だけが通れるドアをくぐり、非常用の小さな部屋に集まった。年上の子は下の子たちを慰め、それぞれが身を寄せ合う。後は息をひそめて、最悪の事態が過ぎるのを待った。

 何分、何十分、何時間経っただろうか。天井に取り付けられた窓を見上げれば、太陽はそれほど傾いてはいなかった。

 しばらくすると、先生たちが「出てきても大丈夫よ!」と声をかけてくれた。

 子供たちは一斉に安堵の息をつくと、入ってきたドアをくぐって小部屋を出た。


「お嬢様、ご無事で。暗殺者は全員殲滅いたしました。また負傷した騎士ですが、深手を負ったもののすぐに治療を受ければ……」

「そう、分かったわ。お前は、負傷した騎士を連れて先に屋敷へ戻りなさい。それから治安部隊に報告して、応援を要請するように」

「……承知いたしました。すぐに迎えの者を寄こしますので、今しばらくこちらでお待ちください」


 騎士は一瞬意外そうな表情を浮かべた後、イザベルの前に跪いて頭を下げた。自分の身より先に、負傷した騎士を優先したからだろうか。騎士はすぐに立ち上がり、踵を返して仲間たちの元へ駆けていった。


「私のせいで怖い思いをさせてしまったわね、お詫びするわ」

「いいえ、公女様。貴女様が無事で本当に良かったです。子供たちも、誰一人として怪我をせずに済みました」


 命を狙われたのは自分なのに、イザベルは院長をはじめ孤児院の皆に向かって謝罪した。

 とても、自分勝手なお嬢様には見えなかった。

 だからこそ、孤児である自分からはとても手の届かない、遠い存在に思えた。それでも、傷ひとつ負うことなく済んだことに安心する。


「子供たちが無事だったのは、そこにいるニーナのおかげだわ。彼女がいなければ、私も無事ではなかったでしょうね」


 院長と話していたイザベルは、突然振り返ってニーナを見た。

 それから、こちらに向かって歩いてきた。

 その動作ひとつ、ひとつがゆっくり流れていくように、イザベルが目の前に来るまでニーナは呼吸をするのも忘れていた。


「ニーナのおかげで助かったわ、ありがとう」

「ヒッ……ク、いいえ、公女様が、けがをしないで、よかったです……」


 驚きのあまり、しゃっくりが出てしまった。慌てて口を押えながら、なんとか言葉を返す。

 その様子を見ていたイザベルはふわりと笑って、ニーナの頬に触れてきた。彼女の温もりが伝わってきて、全身が歓喜で打ち震えた。


「もし、孤児院を出ていく年齢になっても行く場所がなかったら、グラント公爵家にいらっしゃい」

「……え?」

「私の屋敷で働かせてあげるって言ってるの。もちろん、最初はメイド見習いからだけど」


 最初は何を言われているのか分からなかった。けれど、どんどんイザベルの言葉を反芻するうちに、ニーナの目には涙が溢れてきた。

 遠い存在だと思ったのに、また会えるかもしれない。夢が、夢ではなくなるかもしれない。それが、嬉しくてたまらなかった。


「……はい、──はい、お嬢様!」

「勘違いしないでよ、孤児院に残っていたらの話よ。まぁ、今日の話を聞きつけて、あなたを養女にしたいっていう人が現れるだろうから、その心配はなさそうだけど」

「このニーナ、必ずお嬢様の元へ参ります!」

「だから、引き受け先がなかったらの話よ」


 念を押して何度も言ってくるイザベルに、ニーナは泣き笑いながら何度も「はい」と頷いた。

 その時から、すでに心は決まっていた。

 ──絶対にお嬢様のメイドになって、一生お仕えする。

 この命を捧げてもいいと思えるほどの人に出会えた。

 まるで、奇跡のような。


 けれど、ニーナの願いはこの後に待ち受けている別れによって、すべてが叶うことはなかった──。


覚えてないかもしれませんが、今日はコミックス③巻発売です。

詳細は活動報告をご確認ください。

藍原先生が描く世界に酔いしれてください!


また皆さまの応援&後押しのおかげで、番外編Ⅰと外伝も描いていただけることが決定いたしました!

本当にありがとうございます!嬉しいー!

後悔に呻く男性陣が拝めるかと思うと滴りますね。ぜひ一緒に楽しみましょ~

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★コミックス③巻 2025/8/29発売★
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▲公式サイト
漫画担当:藍原ナツキ先生
配信:講談社マンガアプリPalcy(パルシィ)・pixivコミック
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