外伝④
数台が連なる馬車に、次から次へと運ばれていくトランクを眺めていた。領地へ帰るだけなのに、貴族の移動を甘く見ていた。往復だけで半月もかかるのだから、婚約者が大騒ぎするはずだ。
私は手伝うわけにもいかず、忙しく動く使用人たちを見学していた。すると、護衛の騎士たちと話し込んでいたダミアンが戻ってきた。
「姉上、馬車にも乗らず何をしているんですか?」
「……一人で乗っていてもつまらないじゃない」
それをどう受け取ったのか、ダミアンは口元を緩ませ「一人にしてしまい、すみませんでした」と謝ってきた。妙に嬉しそうな顔が憎たらしい。
「間もなく出発できるので、馬車に乗ってください」
一等豪華な馬車にはグラント公爵家の紋章が入っている。私はダミアンの手を借りて、その馬車に乗り込んだ。中は広々として、ストラッツェ公爵家の馬車にも負けていない。
シートに腰を下ろした後、ダミアンも続いて乗り込んできた。
「父上は今朝早くに出て行かれたので、僕たちを見送ることができず悔しがっているでしょうね」
「領地に行くと決まってから、毎日見送られている気分だったわ。何かあったら連絡してきなさいだとか、帰ってきなさいだとか……」
「それだけ離れるのが寂しかったのでしょう」
イザベルに憑依したばかりの私だったら「そんなはずないわ」と、答えていたかもしれない。けれど今は、ダミアンの言葉を素直に受け入れていた。
公爵が我が子を愛していたのは、確かだったからだ。
──イザベルの魂と入れ替わってしまったことを、包み隠さず伝えた後のことだ。
娘の「死」を伝えられたグラント公爵は、動揺こそ見せたものの私の前では毅然とした態度で話を聞いてくれた。
それから責任は自分にあると、これからも本当の娘として接してくれることを約束してくれた。私は彼の懐の広さに心打たれ、家族として歩み寄る努力をすると答えた。
しかし、いくら魂以外は同じでも、公爵が実の娘を失ったことに変わりはなかった……。
それは、絵画や骨とう品が置かれた展示室に足を運んだ時だ。
旅行の参考に風景画でも見ようと訪れた時、わずかに開いた扉の中から聞こえてきたうめき声に、私は立ち止まった。
「……っ、なぜ……どうしてだ、イザベル……っ!」
「──……」
公爵は肖像画が飾られた壁の前に跪き、嗚咽を漏らしていた。
私の前では涙ぐむ姿すら見せなかった彼が、溢れるものを隠そうともせず、肩を震わせて泣いていたのだ。
「これでは……っ、お前に謝りたくても……謝れないではないかっ!」
公爵の絶叫が、室内に響き渡る。
我が子を失った親の悲痛な叫びが、私の胸を強く揺さぶった。心臓をえぐり取られるような痛みに、視界が滲んでいく。
彼は、イザベルの肖像画の前で何度も「すまなかった、悪かった」と謝り続けていた。彼女に届かないと分かっていても、そうでもしなければ気が触れてしまいそうな絶望を味わっていたのだ。
──今日だけではないのだろう。
娘の死を知らされた日から、ずっと。幾度となく、人目のつかない場所で泣いては謝り、後悔しては大きな悲しみに暮れ、今日まで誰にも知られることなく過ごしてきたのだ。
公爵は間違いなく、娘のイザベルを愛していた。
それと同時に、彼は一生許されることのない罪を背負ったのだと理解した。
私は息が苦しくなって、その場から離れた。
いくらイザベルの姿かたちをしていても、公爵が求めている本物の娘にはなれない。私では、慰めてあげることもできなかった。……そんな資格もない。
あれは公爵自身が背負う業であり、私は罪悪感を抱く代わりに、イザベルとして必ず幸せになることを誓った。
それが、公爵に対する私なりの誠意だった。
グラント公爵領に向かって馬車が動き出すと、邸宅がみるみる小さくなっていく。すっかり自分のホームとなった邸宅から離れると、少しだけ心細い。
「そういえば姉上。僕の頼みを聞いてくださり、ありがとうございます」
馬車に揺られながら、ダミアンが改まってお礼を言ってきた。
何のことかと思えば、少し前の出来事を思い出して肩をすくめた。
巻き込まれてダミアンの頼みも聞くことになった私は、一体何をお願いされるのかと身構えたが、彼の望みは家族がそろった肖像画を描いてもらうことだった。
「そんな風に頼まなくても、肖像画ぐらいいつでも引き受けるわよ」
真剣な表情でお願いしてきたダミアンに、思わずそう言ってしまった。
見た目に自信のなかったアキであれば躊躇ったかもしれない。
ただ、アキの頃は思い出の写真どころか、家族写真もなかった。だから、家族そろって絵を描いてもらうことに、私もまた憧れのようなものがあったのかもしれない。
ダミアンはそんな姉の反応が予想外だったのか、「それができるなら、僕だって苦労しませんよ」と漏らしていた。
こうしてダミアン発案の元、家族三人がそろった肖像画を描いてもらうことになった。
その時の公爵はいつもと変わらず。肖像画の話を伝えた時も、目尻を下げて快諾してくれた。
緊張しながらも描いてもらった肖像画は、どこにでもいる普通の家族だった。皆、穏やかな表情を浮かべていた。
紐解けば歪な家族かもしれないが、グラント公爵家の新たな始まりにも感じられた。
「父上、嬉しそうでしたね」
「……そうね」
後日、完成した肖像画は玄関ホールの正面に飾られ、多くの者たちの目に触れることとなった。
【お知らせ】
嫌われ者の令嬢のコミックス①が10/30発売予定です。
藍原先生と編集部の皆さんが素敵な作品に仕上げてくださっています。
コミカライズ、Palcy&pixivコミックスにて好評配信中!





