外伝②
「──ぜえぇぇったいに、嫌です!」
ダミアンの叫びと共に、近くの木で羽根を休めていた鳥が一斉に飛び立った。
午後の優雅なティータイム。
初めは穏やかだったそれも、頼まれていたことを伝えると、ダミアンは顔を真っ赤にして怒り出した。
立ち上がって「なんで僕が!」と息巻く弟に、私は嘆息した。
こうなることは、あらかじめ予想していた。ダミアンの怒り具合と、吐き捨てるセリフまで。昨晩、ニーナと予想大会を開いていたことは秘密だ。
「そうは言っても、いつかはしなければいけないでしょう?」
「だからって……! なぜ、まだ姉上と結婚もしていないリオネル公子を! あ、義兄上……と呼ばなければいけないのですか!」
──それが本人の希望なのだから仕方ない。
しかし、よほど嫌なのか「義兄上」のところだけ呟くような声で言ってきたダミアンに、私は肩をすくめた。
やはりダメだったわね、とニーナに視線を送れば、彼女は肩を震わせて笑いを堪えていた。
まったく、困ったことに巻き込まれてしまった。
「でもここで頼みを聞かなかったら、領地まで追いかけてくるんじゃないかしら?」
「……う、それは」
「リオネルのことだから、きっと呼ぶまでしつこく迫ってくるわね」
「遠慮したい、です……」
「私を人質にとるかも」
「そんなっ⁉」
実のところ、リオネルはそれほど本気で呼んでほしいと思っているわけではないだろう。
ただ、前の人生でもこちらの世界でも一人っ子である彼にとって、兄弟というものに強い憧れがあるらしい。そのせいか、リオネルはイザベル同様に、ダミアンのことも気にかけていた。
しかし、ダミアンもまたオーティス側について、イザベルと対立していた。彼女の孤立に一役買っていたかと思うと腹立たしいが、今ではダミアンの気持ちも理解している。
目の前で「それはそれで困る……、けど……っ」と百面相する弟に、私は口元を緩ませた。
「公爵夫人にもう一人お願いすることも考えたけれど、反対に貴女が頑張りなさいと言われそうだからやめたわ」
「──っ! あーもう、分かりました! 分かりましたからっ!」
それが最後の一押しになったようだ。
イザベルの弟、ダミアン──。
幼い頃に母親が屋敷を出ていってしまい、仕事で忙しい父親の背中を見ながら育ち、近くにいた姉は弟を顧みることもしなかった。寄り添ってくれる家族が誰もいなかったのである。
彼は、我儘で傲慢な姉を反面教師に、自分はそうならないと誓いながら、耐えて、耐えて、今日まで過ごしてきたのだ。寂しいという感情を麻痺させて。
イザベルになった現実を受け入れた後、私は彼女に代わってダミアンに謝罪した。
姉弟なのに手を取り合わず、辛く当たってしまったこと。ひどいことを言って傷をつけてしまったこと。共に過ごしてあげられなかったこと。
──イザベルより幼い貴方を、一人にしてしまったこと。
簡単に許してもらえるとは思っていなかったけれど、ダミアンの目から大量の涙がこぼれ落ちた時、お互いの間にあったわだかまりが洗い流されていくようだった。
ダミアンもまた、この瞬間を待っていたのだ。
それ以来、私たちは一緒に過ごす時間をつくるようになった。
過ぎてしまった時間が戻るわけではないが、少しずつ家族になっていく努力を続けている。
「リオネル公子の頼みを聞きます! その代わり、姉上も僕の頼みも聞いてくれますか⁉」
「……ぶ、ほっ」
折れてくれたダミアンに良かった、良かったと安心してお茶を口に含んだ時、思いがけない返しをされて吹き出した。
口から出たお茶が垂れる前に、横からさっと現れたニーナがハンカチで押さえてくれる。
「なぜ、貴方の頼みまで?」
「リオネル公子ばかり不公平だからです!」
それは分からなくもないが、ただ「私、関係なくない?」が先行して思考が追いつかない。
助けを求めるようにニーナを見れば、彼女は何も言わず定位置に戻った。……うまく逃げられた。
孤立無援になった私は、ダミアンの頼みも聞くことになった。
こうして無事に、それぞれの領地へ帰ることが決まったのだが、
「なんでみんな、私を巻き込むの……」
自分だけが損をしている気分になり、しばらく腑に落ちなかった。





