嫌われ者令嬢と語られる真実⑧
アキちゃん、いつも一人で可哀想だから一緒にいてあげなさい──そんな風に言われて、嫌々手を差し出してきたのは、近所に住む同級生の男の子だった。
運動神経抜群な彼はクラスでも人気者で、好意を寄せる女の子も多かった。幼馴染みでなければ一緒に過ごすことはなかっただろう。
ただ、最初は仕方なく付き合いっていた幼馴染みも、一緒にいる時間が増えれば自然とそれが当たり前になっていた。
元から面倒見が良かったのか、次第にお節介なほど世話を焼くようになった彼に、面倒臭くなってきたのは私のほうだ。
けれど、周囲の視線は違った。
幼馴染みを独り占めする私を、他の同級生は快く思っていなかった。私が嫌がらせを受けるたびに幼馴染みが割って入ってくるのも、気に入らなかったのかもしれない。
不釣り合いな二人を、同級生たちは引き離したかったようだ。
幾度となくそれっぽいことは言われたが、一緒にいたくているわけではなかった。すべては行動範囲の広い幼馴染みがいけないのだが、正直に答えたら生意気だと文句を言われた。
そんな時だった。
その日はクラブ活動があるから先に帰ってくれと、幼馴染みが知らせにきた。一緒に帰る約束はしていないのに、いつも決まって知らせにやってくる。
分かったと頷いた私は、一人で学校を出た。しかし、下校の途中で筆箱を教室に忘れてしまったことに気づいた。
取りに行く必要はなかったが、自分の知らないところでイタズラされるのは嫌だった。筆箱や机の中にゴミ屑を入れられていることなんてことは、日常茶飯事だったから。
日中の騒がしい校内とは違い、人気のない廊下を歩いて教室に戻る。すると、そこにジャージ姿の男子が数人集まっていた。これからクラブ活動に向かうのだろう。そこには幼馴染みの姿もあった。
彼らがいなくなってからにしようと思ったとき、空いていたドアから彼らの話し声が聞こえてきた。
「なあ……お前、あの幼馴染みとは付き合ってんの?」
「それ、俺も気になった。本当に好きじゃなかったら、あの子と一緒にいないだろうし」
「いっつもべったりだもんなぁ」
すぐに自分と幼馴染みのことだと気づいた。今までにも似たようなことはあったから。そのたびに違うと否定してきた。
見れば、数人の同級生が幼馴染みを取り囲んではやし立てた。お幼馴染みは真っ赤な顔で「違うしっ!」と、声を張り上げていた。
私だったらもっと冷静に答えていただろう。なのに、明らかに動揺した様子の幼馴染みに、他の男子は口笛を吹いたり、手を叩いたりして盛り上がった。
「アキ? べっ、別に好きじゃねーし! 家が近所っていうだけで、一緒に遊んでただけだし。だいたい、自分よりでかい女、誰が好きになるかよ!」
「──……」
廊下まで響いてきそうな声で、幼馴染みは言い返していた。
はっきりと否定する幼馴染みに、他の男子は「うわ、ひでぇ」「もっと大事にしろよな」と笑っていた。悪意はなかったのかもしれない。そこへ居合わせなければ、私と幼馴染みの関係も変わらなかったはずだ。
でも、私はその会話を耳にしてしまった。
感情がサーっと冷めていくのを感じながら、皆のいる教室に入って行った。
「あ、アキ……!?」
何も言わず教室に入っていき、自分の机に向かう。
突然の本人登場に、気まずそうな空気が流れた。もちろん私本人が現れるなんて、誰も予想していなかっただろう。
「アキ……帰ったんじゃなかったのか……?」
「忘れ物を取りに来たの」
普段と変わらない態度で答える。
一方、幼馴染みは激しく狼狽して、ふらふらとした足取りで近づいてきた。周囲にいた男子たちは逃げるようにして教室から出て行った。
二人きりになったところで、私は机の中から筆箱を取り出し、幼馴染みに視線を向けた。
「もしかして、さっきの……」
「──私なら大丈夫。いまさら何を言われても平気だから」
「ちがっ、アキ!」
「違わないよ。本当のことだから、気にしてない。無理して一緒にいる必要もないし。……それじゃ、私は帰るから」
また、明日。と、言おうとしたが言葉が出てこなかった。
私はそのまま踵を返し、急いで教室を出た。後ろから「アキっ!」と呼ばれた気がした。しかし、振り返ることなく駆け出していた。
……最初から分かっていたじゃないか。
期待すればするほど傷つくのは自分の方だって。だから何も期待しないように生きていこうと決めたではないか。
それなのに、どうして胸が痛むのだろう。
教室からどうやって学校を出てきたのか、どんな顔で家まで走ってきたのか。
家の中に入った瞬間涙が一気に溢れ、私は泣きじゃくった。
許せなかった──少しでも期待してしまった自分が。幼馴染みは他の人とは違うかもしれないと思ってしまった自分が。けれど、彼もまたその他大勢と変わらなかった。
両親からも見放された自分を、一体誰が好きになってくれるというのだろう……。
私はその日から以前にも増して心を閉ざし、幼馴染みを徹底的に避けるようになった。
何度か話しかけてきた幼馴染みに、挨拶を交わすこともなく、顔を合わせることもなく通り過ぎた。
そのうち自然と距離ができて、また一人ぼっちになった。
……それで良いと思った。
しばらくしてから、幼馴染みが親の都合で遠くの学校へ転校する話が聞こえてきた。
私はただ安堵した。ようやく離れられると安心したのだ。
そして、幼馴染みが転校する日。私は見送りの言葉ひとつかけることなく別れた。最後はあっけないものだった。
でもこれで、もう二度と会うことはないと胸を撫で下ろしていた。





