嫌われ者令嬢と語られる真実⑦
リオネルに返す言葉を探していると、冷たい風が吹いて体がぶるっと震えた。私は視線を逸らし、自分の腕を摩った。
「……少し肌寒くなってきたわね」
「そうだな。陸に戻って昼食にするか」
どんな答えであれ、イザベルからの言葉が欲しかったに違いない。
けれど、リオネルはオールを漕いで乗り場に戻ってくれた。その変わらない態度と表情に、彼の心情を窺い知ることはできなかったが、罪悪感を覚えた。
「あそこの木陰はどうだ? 見晴らしも良さそうだ」
「私はいいわよ」
ボートから降りるときに繋がった手は握られたまま、冷えた指先がリオネルの熱によって温まっていく。初めは慣れなかったそれも、次第に当たり前になってきた。
私はリオネルと共に、馬から下した荷物を持って先ほど決めた場所へとやって来た。
手作りのお弁当を持ってピクニックに出掛けるのは初めてだ。小学校の遠足はいつも仮病を使って休んでいた。行ったところで楽しめなかったからだ。
……皆が持ってくる手作りのお弁当が羨ましかった。お弁当が必要なときは、母親が買いだめしていたパンを持っていくことが多かった。
ある日、何を思ったのか、渡されていたお金でコンビニのお弁当を買って、それを自分のお弁当箱に詰めたことがある。
味は問題なくても、ただただ虚しかった。他の子たちの真似事をする自分が滑稽だった。
もっと最悪だったのは、その弁当を見つけた友達が、コンビニの弁当にそっくりだと騒ぎ立てたのだ。彼女は先生に言われて仕方なく私と仲良くしてくれた女の子だった。つまり、友達でも何でもなかった。
お弁当ひとつで皆からからかわれ、惨めだった。その場から逃げ出したいぐらい恥ずかしかった。
どうして楽しい思い出はすぐに忘れてしまうのに、嫌な記憶だけは消えてくれないのだろう。ふとした瞬間に蘇っては嫌な気分にさせる。
ただ、そのとき私の前に立って守ってくれた幼馴染みのおかげで、良くも悪くもすべてがどうでも良くなってしまう。その幼馴染みほど、私を傷つけた存在はいないからだ。
木陰にシートを敷いてくれたリオネルは、自身の上着を脱いで私の肩にかけてきた。
「風邪をひかせるわけにはいかないからな」
真面目な顔で言ってきたリオネルは、さらに持ってきたブランケットを渡してきた。こちらが照れてしまうようなことも平気でしてくる。以前のリオネルとは明らかに違うところだ。
「こっちのサンドイッチがお前のだ」
シートに腰を下ろしてユヒ湖を眺めていると、玉ねぎの入っていないサンドイッチを渡された。
子供の頃は嫌いだったそれも、大人になってから食べられるようになった。もちろん私の話だ。だから、彼が一体どこからその情報を得たのか気になった。
「……さっきの話だけど、私が信じるかどうか答える前に貴方の前世の話を教えてくれない? 知っておきたいの、リオネルがどんな人物の生まれ変わりなのか」
「ああ、そうだな……」
飾らない言葉で伝えると、一瞬躊躇したリオネルは、けれど自分のサンドイッチを頬張りつつ、目の前のユヒ湖を見つめながら口を開いた。
「前世の俺は、許されないことをしたんだ。……告白する勇気もないくせに、好きだった女の子をひどく傷つけた。あんなこと言うつもりじゃなかったのに……」
「────」
話したいことがあると言っていたのは、まさにこのことだろう。
それは、リオネルの中で深く眠っていた、彼の前世の話だった。
「本当は、好きだったんだ……。真っ直ぐに伸びた黒髪も、俺より高い身長も、切れ長の目も、全部……かっこいいって、そう思ってたのに──アキ、俺はお前に、取り返しのつかないことをしたんだ」
偶然で片付けるには、あまりに出来過ぎていた。
リオネルの前世が、私の知る幼馴染みであるわけがないと思いながらも、教えてくれたすべてが一致していた。
名前も、生まれた町も、通っていた学校も、幼馴染みとしか知らない言葉のやり取りでさえ。疑う余地はなかった。
「いつから……私だって」
「気づかないわけがないだろ? 誰よりもお前と一緒にいたのは俺だ」
「それじゃ、貴方も……」
リオネルの前世が本物なら、彼もまた私同様に命を落としたことになる。違っているとすれば、彼は大人になる前に亡くなって生まれ変わったという点だ。
「……ああ。きっと罰が当たったんだ。転校してからもお前にしてしまった酷いことが忘れられなくて……謝りに行こうとして、事故に遭ったところまで覚えてる」
話しながら申し訳なさそうにするリオネルに、私は自身の腕を引き寄せた。寒くはないのに、先ほどから指先が震えて止まらなかった。
目の前にいるのは、イザベルの幼馴染みであり、私の幼馴染みでもあるのだ。
いきなり知らない世界へ、訳も分からず来てしまった私にとって、唯一自分を知っている相手は心強い味方だ。
しかし、私は泣きたくなるのを堪え、冷たくなっていく指先を握り締めた。
「──悪いけど、私は貴方を許すことはできないわ。貴方から言われた言葉は一生、忘れることができないから」





