嫌われ者令嬢と語られる真実⑤
別荘での暮らしは、私にとって快適だった。
うっかり寝過ごしても、誰も起こしに来ない。
身支度は自分一人で整え、一人暮らしだった頃の気楽さが蘇る。クローゼットに用意された洋服は、どれも一人で着替えられるものばかりで助かった。
部屋から出ても監視役の護衛はおらず、使用人と出くわすことも少なかった。
「起きてきたか、イザベル」
「……おはよう。朝から元気ね」
「サボると腕が鈍るからな」
別荘の中庭では、リオネルが剣術の訓練をしていた。
こうして毎朝、彼のところへ挨拶に行くのが私の日課になっていた。
リオネルは私が起きてきたタイミングで訓練を止め、朝食を共にする。その日によって昼食になることもあるが、一度として文句を言われたことはない。
「少し早いが昼食にするか」
「……寝坊して悪かったわ」
「何が悪いんだ? 良く眠れたってことだろ?」
ここへ来てからリオネルの態度は、ますます変わった。
イザベルが我が家のように過ごしていると、自分のことのように喜ぶ。優しさと気遣いは、こちらが恥ずかしくなるほど甘いものになっていた。向けられる視線も、蕩けそうな表情も。
自分がイザベルであることを忘れてしまいそうになる。
「先に食堂へ行っていてくれ。俺も着替えてからすぐに向かう」
「分かったわ」
リオネルはシャツの胸元を掴んで顎の汗をぬぐい、剣とタオルを持って自室に引き上げて行った。
彼もまた別荘では、使用人を傍に置かなかった。自分でできることは一人で済ませ、貴族らしからぬ生活を満喫しているように見えた。
食堂で待っていると昼食が運ばれてきた。野菜や魚の載ったワンプレートだ。
公爵家にいたときは食べきれないほどの料理が運ばれてきたが、ここでは余計な気遣いをする必要がなかった。
軽く汗を流してきたリオネルも遅れて現れ、私の斜め横に腰を下ろす。十人掛けのダイニングテーブルだが、使われるのはほんの一部だ。
「明日はユヒ湖に行ってみないか?」
「いいわよ」
てっきり隠れて過ごさなければいけないかと思ったのに、リオネルの行動は驚くほど正反対だった。
毎日のようにイザベルを外へ連れ出そうと誘ってきた。とくに人が多く集まる場所へ案内され、わざと人目に付くような言動を取ることがある。
これでは尾行してきた相手に居場所がバレてしまうと思ったが、今のところそんな様子はない。
次第に危機感も薄れて自然に承諾すると、リオネルは控えていたメイドを呼んだ。
「明日、二人分の弁当を用意してくれ。パンに、野菜や肉を挟んだものを作るように。──ああ、それから片方には玉ねぎを入れずに頼む」
「畏まりました。飲み物なども準備するように伝えておきます」
昼食を終えてからでも十分間に合うのに、リオネルは待ちきれないといった様子で、メイドにあれこれ注文していた。
まるで、遠足にはしゃぐ子供ではないか。
私は恥ずかしくなって食事に集中した。
メイドは終始笑顔でリオネルの対応にあたり、受けた指示を伝えるために一旦退出していった。面倒くさい主人を持って大変そうだ。
私は食後のデザートに手を伸ばした時、ふと気になって視線を持ち上げた。
「そういえば、リオネルって玉ねぎ嫌いなの?」
食事に関しては出された食事はすべて平らげるイメージがあっただけに、メイドへの細かい注文は意外だった。イザベルの記憶を見ても、そのような情報はなかった。
すると、リオネルは思い出したように食事を再開させ、空腹を満たしつつ視線だけを向けてきた。
「何、言ってるんだ。食べられないのはお前の方だろ?」
不思議そうな目で見つめられ、私は「……そう、だったわね」と返すのが精一杯だった。嘘や冗談を口にしているようには見えなかった。
けれど、一つひとつと増えていく違和感に、私は胸騒ぎを覚えた。
『今度はお前の傍にいるから。一人で抱え込むな、お前の悪い癖だぞ』
イザベルは、美容のために野菜は何でも食べていた。それから彼女は、一人で悩みを抱え込むようなタイプではなかった。むしろ周りに喚き散らす性格だ。
リオネルの記憶するイザベルとは、どれも異なっていた。
むしろ、それはイザベルの方ではなく……。
親しみのある別荘の内装といい、外壁のペイントといい、増えていく情報から疑いは確信に変わっていく。
──リオネルはイザベルを通して、一体誰を見ているのだろう。
話したいことがあると言ったきり、何も言ってこないリオネルに、私は言いようのない不安を募らせていった。





