嫌われ者令嬢と語られる真実②
ストラッツェ公爵邸で倒れた私は、翌日になってから目を覚ました。
その間、何があったのか分からない。──が、見慣れない天井を見つめていると、グラント公爵とダミアンが駆けつけてきた。
二人は酷く慌てた様子だったが、上体を起こしたイザベルを見て安堵の表情を浮かべた。
それから続くように、リオネルとストラッツェ公爵夫妻も姿を見せ、多くの人に迷惑をかけてしまったのだと理解した。
「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
私は集まってきた彼らに頭を下げた。
他人の家で倒れるなどいい迷惑だ。反省の色を浮かべると、周囲は不思議なほどシン……と静まり返った。
イザベルが素直に謝るのは、そんなに珍しいだろうか。顔が上げづらくそのままでいると、真横から嘆息する声が聞こえた。
「ああ、本当だ。お前といると心臓がいくつあっても足りない」
リオネルだ。彼はその場を和ませようと、わざと声を上げて言ってきた。
そんなリオネルの顔にも疲労の色が浮かんでいる。まるで徹夜でもしたような顔だ。イザベルが起きるまで眠らずにいてくれたのかもしれない。
彼が本気で心配してくれたのだと思うと、急に落ち着かなくなって、俯いたまま「ごめんなさい……」と口にした。
そこへ、パーティーにはいなかったグラント公爵が近づいてきた。
「謝ることはない、イザベル。お前が無事で良かった。他に具合の悪いところはないか?」
「……いいえ、ありません」
グラント公爵はベッドに腰掛け、大きな手を伸ばして娘の頬に触れた。冷たい指先だったが、おかげで一気に目が覚めた。
目の前にいるグラント公爵が、最初に見た頃より老け込んだ気がする。私は罪悪感を覚えてシーツを握り締めた。
皆がいるところで「公爵様」とは呼べない。
けれど「お父様」とも呼べない。
──本当の娘ではないから。
公爵が心配そうに見つめてくるのはイザベルにであって、私ではない。
居心地の悪さを感じて口を閉ざすと、グラント公爵は軽くイザベルの頭を撫でた。それからストラッツェ公爵夫妻に感謝を伝えると、三人は部屋から出ていった。
人が減ってホッとしたのもつかの間、今度は「……姉上」と声を掛けられて、私は肩を強張らせた。
「本当に何ともないのですか?」
「……もう平気よ」
「ですが、急に倒れたので」
ダミアンのことだ。また公の場で騒ぎを起こした姉を咎め、嫌味を言うに決まっている。
そう思っていた。
「貴方にはこれ以上迷惑をかけないようにするわ」
「──っ、私はっ! 今度こそ姉上が目を覚まさないんじゃないかと……!」
「ダミアンっ!」
今にも飛びかかってきそうなダミアンを、リオネルが押し留めてくれた。
それでもダミアンは赤く腫れた目を私に向けてきた。
──どうして。
なぜ、そんなに必死に。
今にも泣き出しそうな顔で見つめてくるの。
貴方だってイザベルを嫌っていたじゃない。
今更、どうすることもできないのに。
本当はイザベルのことを嫌っていなかったと言ったところで、もう貴方の姉は死んでしまったのだから。
「……やめて。今になって、私の心配なんかしないで」
「姉上……っ」
私は震える声で「姉上」と呼んでくるダミアンに首を振って拒絶した。
いくら彼がこれまでの態度を反省し、本心を伝えてこようとしても、私の罪悪感が増えるだけだ。
ダミアンは二度とイザベルから許しを得ることはできないのだ。
「ダミアン、落ち着け。イザベルは目を覚ましたばかりだ」
「……すみません」
焦りを含ませるダミアンに、リオネルは肩を叩いて宥めた。
起きて間もないイザベルの顔は真っ青のままだ。ダミアンは「少し頭を冷やしてきます」と言って体を翻し、部屋から出て行った。
「すぐに医者が来るはずだ」
「ありがとう、リオネル」
イザベルに憑依してから様々なことがあって頭がパンクしそうだ。
執着していたオーティスのこと、嫌われていると思っていた家族のこと、そしてイザベルが死んだ原因。イザベル本人でない以上全て切り離してしまいたいのに、周りがそれを許さなかった。
次第に「私はイザベルじゃない!」と叫びたくなった。
貴方たちの求めているイザベルは死んだのだ、と言ってしまいたかった。
その一方で、真実が暴かれたとき──味方が一人もいないこの世界で、自分がどう扱われるのか想像するだけでも恐ろしくなった。
二度も孤独に死ぬなんて、考えたくもない。
私は零れそうになる涙を堪え、下唇を噛んだ。
「……悪かった。あの時、お前から離れるべきじゃなかった」
「違うの、あれは少し気分が悪くなっただけなの」
いきなり謝ってきたリオネルに、私は咄嗟に誤魔化した。
あの時は目の前に突然、イザベルを殺した相手が現れたのだ。
そういえば彼はあの後どうしただろうか。
ダミアンやリオネルは彼を目撃しているだろうか。
倒れた直後のことは気になったが、だからと言ってどうこうできるわけじゃない。
イザベルは殺されたが、今もこうして私の魂が憑依し、イザベルとして生きている。真実を語ったところで誰も信じてはくれないだろう。
やはり彼らから距離を取るのが一番かもしれない。そうすれば気持ちの整理もつくはすだ。
私は決意するように、もう一度シーツを強く握り締めた。
そこへ、リオネルが近づいてシーツを握りしめる私の手に、自らの手を重ねてきた。
「今度はお前の傍にいるから。一人で抱え込むな、お前の悪い癖だぞ」
「リオネル──」
まるで、私の心を読み取ったかのように、リオネルは約束だと言った。
灰色の瞳が細められると私の心臓が小さく跳ねた。
ここで彼の手を振り払わなければいけなかったのに、優しく触れてきた手を突っ撥ねることはできなかった。
その温もりには覚えがあったから。
私は言えなかった感謝を口にしたかったが、鼓動の音がうるさくて何も言えなかった。
私はイザベルじゃない。
イザベルのようにはなれない。
だから、リオネルの気持ちには応えられない。
それなのに彼の手を握り返したいと、卑怯にも思ってしまった……。





