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嫌われ者の令嬢は、私が愛しましょう。【8/29コミックス③巻発売!】  作者: 暮田呉子
第一章

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24/53

嫌われ者令嬢と語られる真実②

 ストラッツェ公爵邸で倒れた私は、翌日になってから目を覚ました。

 その間、何があったのか分からない。──が、見慣れない天井を見つめていると、グラント公爵とダミアンが駆けつけてきた。

 二人は酷く慌てた様子だったが、上体を起こしたイザベルを見て安堵の表情を浮かべた。

 それから続くように、リオネルとストラッツェ公爵夫妻も姿を見せ、多くの人に迷惑をかけてしまったのだと理解した。


「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」


 私は集まってきた彼らに頭を下げた。

 他人の家で倒れるなどいい迷惑だ。反省の色を浮かべると、周囲は不思議なほどシン……と静まり返った。

 イザベルが素直に謝るのは、そんなに珍しいだろうか。顔が上げづらくそのままでいると、真横から嘆息する声が聞こえた。


「ああ、本当だ。お前といると心臓がいくつあっても足りない」


 リオネルだ。彼はその場を和ませようと、わざと声を上げて言ってきた。

 そんなリオネルの顔にも疲労の色が浮かんでいる。まるで徹夜でもしたような顔だ。イザベルが起きるまで眠らずにいてくれたのかもしれない。

 彼が本気で心配してくれたのだと思うと、急に落ち着かなくなって、俯いたまま「ごめんなさい……」と口にした。

 そこへ、パーティーにはいなかったグラント公爵が近づいてきた。


「謝ることはない、イザベル。お前が無事で良かった。他に具合の悪いところはないか?」

「……いいえ、ありません」


 グラント公爵はベッドに腰掛け、大きな手を伸ばして娘の頬に触れた。冷たい指先だったが、おかげで一気に目が覚めた。

 目の前にいるグラント公爵が、最初に見た頃より老け込んだ気がする。私は罪悪感を覚えてシーツを握り締めた。

 皆がいるところで「公爵様」とは呼べない。

 けれど「お父様」とも呼べない。

 ──本当の娘ではないから。

 公爵が心配そうに見つめてくるのはイザベルにであって、私ではない。

 居心地の悪さを感じて口を閉ざすと、グラント公爵は軽くイザベルの頭を撫でた。それからストラッツェ公爵夫妻に感謝を伝えると、三人は部屋から出ていった。

 人が減ってホッとしたのもつかの間、今度は「……姉上」と声を掛けられて、私は肩を強張らせた。


「本当に何ともないのですか?」

「……もう平気よ」

「ですが、急に倒れたので」


 ダミアンのことだ。また公の場で騒ぎを起こした姉を咎め、嫌味を言うに決まっている。

 そう思っていた。


「貴方にはこれ以上迷惑をかけないようにするわ」

「──っ、私はっ! 今度こそ姉上が目を覚まさないんじゃないかと……!」

「ダミアンっ!」


 今にも飛びかかってきそうなダミアンを、リオネルが押し留めてくれた。

 それでもダミアンは赤く腫れた目を私に向けてきた。

 ──どうして。

 なぜ、そんなに必死に。

 今にも泣き出しそうな顔で見つめてくるの。

 貴方だってイザベルを嫌っていたじゃない。

 今更、どうすることもできないのに。

 本当はイザベルのことを嫌っていなかったと言ったところで、もう貴方の姉は死んでしまったのだから。


「……やめて。今になって、私の心配なんかしないで」

「姉上……っ」


 私は震える声で「姉上」と呼んでくるダミアンに首を振って拒絶した。

 いくら彼がこれまでの態度を反省し、本心を伝えてこようとしても、私の罪悪感が増えるだけだ。

 ダミアンは二度とイザベルから許しを得ることはできないのだ。


「ダミアン、落ち着け。イザベルは目を覚ましたばかりだ」

「……すみません」


 焦りを含ませるダミアンに、リオネルは肩を叩いて宥めた。

 起きて間もないイザベルの顔は真っ青のままだ。ダミアンは「少し頭を冷やしてきます」と言って体を翻し、部屋から出て行った。


「すぐに医者が来るはずだ」

「ありがとう、リオネル」


 イザベルに憑依してから様々なことがあって頭がパンクしそうだ。

 執着していたオーティスのこと、嫌われていると思っていた家族のこと、そしてイザベルが死んだ原因。イザベル本人でない以上全て切り離してしまいたいのに、周りがそれを許さなかった。

 次第に「私はイザベルじゃない!」と叫びたくなった。

 貴方たちの求めているイザベルは死んだのだ、と言ってしまいたかった。

 その一方で、真実が暴かれたとき──味方が一人もいないこの世界で、自分がどう扱われるのか想像するだけでも恐ろしくなった。

 二度も孤独に死ぬなんて、考えたくもない。

 私は零れそうになる涙を堪え、下唇を噛んだ。


「……悪かった。あの時、お前から離れるべきじゃなかった」

「違うの、あれは少し気分が悪くなっただけなの」


 いきなり謝ってきたリオネルに、私は咄嗟に誤魔化した。

 あの時は目の前に突然、イザベルを殺した相手が現れたのだ。

 そういえば彼はあの後どうしただろうか。

 ダミアンやリオネルは彼を目撃しているだろうか。

 倒れた直後のことは気になったが、だからと言ってどうこうできるわけじゃない。

 イザベルは殺されたが、今もこうして私の魂が憑依し、イザベルとして生きている。真実を語ったところで誰も信じてはくれないだろう。

 やはり彼らから距離を取るのが一番かもしれない。そうすれば気持ちの整理もつくはすだ。

 私は決意するように、もう一度シーツを強く握り締めた。

 そこへ、リオネルが近づいてシーツを握りしめる私の手に、自らの手を重ねてきた。


「今度はお前の傍にいるから。一人で抱え込むな、お前の悪い癖だぞ」

「リオネル──」


 まるで、私の心を読み取ったかのように、リオネルは約束だと言った。

 灰色の瞳が細められると私の心臓が小さく跳ねた。

 ここで彼の手を振り払わなければいけなかったのに、優しく触れてきた手を突っ撥ねることはできなかった。

 その温もりには覚えがあったから。

 私は言えなかった感謝を口にしたかったが、鼓動の音がうるさくて何も言えなかった。

 私はイザベルじゃない。

 イザベルのようにはなれない。

 だから、リオネルの気持ちには応えられない。

 それなのに彼の手を握り返したいと、卑怯にも思ってしまった……。


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★コミックス③巻 2025/8/29発売★
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▲公式サイト
漫画担当:藍原ナツキ先生
配信:講談社マンガアプリPalcy(パルシィ)・pixivコミック
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