【幕間】―リオネル①―
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──待つのはもう沢山だ。
イザベルに気持ちを伝えたリオネルは、しかし──彼女をその場に残して離れた。
本当は傍についていたかったが、他にもやらなければいけないことがあった。
初めからイザベルとリオネルが一緒になっていれば、これほど拗れることはなかっただろう。だが、人の気持ちほど、思い通りにならないものはない。
それにもう起きてしまったことだ。
ただ、過去の時間を取り戻すことはできなくても、これ以上余計な問題を増やさないようにすることはできる。
あのイザベルが、ようやくオーティスの執着をやめて、一歩を踏み出そうとしているのだ。
リオネルは中庭の入口付近で立ち止まり、鋭い視線を向けた。
「……リオネル」
「オーティス……」
やはり来たか、とリオネルは自分の予想通りの光景に嘆息した。
彼は小さい頃から無二の親友だった。
次期国王としての威厳、知識、教養、剣術などを身に着け、リオネルにとっても自慢の友だった。
──憧れていた。
彼の右腕として役に立ちたいと思っていた。
それだけに、リオネルは目の前にいるオーティスが許せなかった。
オーティスの隣にはダミアンが控えていた。イザベルの弟を伴えば、誤魔化せるとでも思っていたのだろう。
「あの、姉上は……」
「この先にいる。体調が良くないようだからすぐに連れ帰ってくれ」
ダミアンを見つけたら、元からそうするつもりだった。
今日はあくまで、公の場にイザベルを伴って参加することが目的だった。
何も発表はしていないが、これから多くの憶測と噂が飛び交うことだろう。今後、イザベルに何かあればストラッツェ公爵家も黙ってはいないと牽制できたはずだ。
そこには当然、王室も含まれている。
ダミアンは張り詰めた空気に唾を飲み込み、頭を下げてイザベルの元へと急いだ。
前はイザベルに対して素直じゃなかったのに、ここ最近は姉を思いやる弟の姿を見せるようになっていた。
……あの事故が引き金になったのかもしれない。
人はいつだって何かを失いかけて、ようやくそれが大切なものだったことに気づく。そして過去を振り返り、自分の行いを顧みて後悔するのだ。
最後に交わした言葉は、最後に見た顔は……。
まだ「好きだ」とも「愛している」とも伝えていないのに、思い出して絶望する。
二度と、同じ過ちは繰り返さないと誓ったのに。
「──王太子殿下であるお前が、護衛の騎士も連れずに散歩か?」
お互い名前で呼び合い、気軽に振る舞うようになったのは、遠い昔のことだ。
本物の兄弟のように育ってきた。だが、二人の間には決して越えられない身分の差があった。
オーティスに命じられれば、リオネルは臣下として従うしかない。だが、それは以前のような関係には戻れないことを意味していた。
本来ならオーティスの行く手を阻むなど、あってはならないことだ。しかし、リオネルは堂々とオーティスの前に立ち塞がっていた。
「待ってくれ、リオネル。私はただ、もう一度イザベルと話がしたくて」
「……何を言っているんだ? イザベルを突き放したお前が、今更彼女に会って何を話すっていうんだ?」
「私は突き放してなど……っ!」
「いい加減にしてくれ、オーティス!」
二人だけしかいない庭に、リオネルの低い声が響き渡る。
いつもだったら何が起きても落ち着いているオーティスが、今は酷く取り乱しているように見えた。
彼をそうさせたのはイザベルだ。
だからこそ、彼らを引き離さなければいけなかった。
「お前のそれは優しさでも何でもない。一緒になれないなら、これ以上イザベルに期待を持たせるような真似はするなと、警告しておいたはずだ」
「分かっている……お前の言う通りだ。だが、それでもなぜイザベルが心変わりしたのか、どうしても気になって!」
執着しているのはイザベルだけではなかった。
オーティスもまた、イザベルの執着に──執着してしまっていた。
誰よりも「愛してくれて」「裏切らない」存在は、オーティスにとって支えになっていたのだろう。
次期国王として期待に応えようとする一方、彼自身しか分からない孤独を背負っていた。
そこへ、どんなに嫌われるような行動をしても離れようとしないイザベルは、オーティスの心を狂わせた。
離れなければいけないのに、手離せない。
だからオーティスは、矛盾した行いをイザベルに取っていた。……それが許せなかった。
「俺は、相手から嫌われるために、自分に暗殺者を放つような真似はしない……。それから大勢の前で恥をかかせ、孤立するように手を回すこともしない。……イザベルに、お前を諦めさせる方法はいくらでもあったはずだ。なのに、どうしてそこまで卑劣な行いをする必要があったんだ? ──なぁ、オーティス教えてくれ。イザベルは本当にお前のことを、慕っていたんだぞ……?」