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嫌われ者令嬢とアキの終わり①

 ──引きずり込まれた意識の中で、鏡に映った少女が私に向かって喋っていた。

 彼女の言葉は聞き取れなかったが、何かを訴えていることだけは分かった。

 それは胸が張り裂けそうな痛みに変わり、呼吸ができなくなった。

 苦しくなってもがくも、少女は叫ぶことを止めなかった。

 少女の悲しみが、寂しさが、悔しさが、私の中に流れ込んでくる。

 やめて、と口にしたいのに、声も出せなかった。

 その間に少女の一部が、私の中へ溶け込んでいくのが分かった。それとも、私が少女の一部になったのか。


「ああっ……イザベル……!」


 眠っていたところへ無理やり浮上させられた私は、大きく息をついた。

 刹那、目から大量の涙が溢れ出す。

 見ていたのは、ただの夢だった。

 イザベル、という少女の人生を。

 誰よりも愛に飢え、愛を渇望していた、嫌われ者の令嬢──。


「……彼女は、死んだのね」


 イザベルが最後に見たのは、好きな相手に拒絶され、必死に手を伸ばしても届かない背中だった……。



 イザベル・ネヴァ・グラントはグラント公爵家の長女だ。

 名門の公爵家だけあって広大な領地を持ち、王家との繋がりも深い。

 その家門の娘として産まれたイザベルは、多くの使用人に囲まれて生活するも、彼女は常に孤独だった。

 彼女の母親は、忙しくてなかなか家に帰ってこない夫に嫌気を差し、使用人の男性と駆け落ちしてしまった。

 母親は伯爵家の娘だったが、その伯爵家が没落したという話はもっと後になってから知った。

 使用人は一様に口止めされていたらしい。イザベルも社交界での噂を耳にしなければ知ることはなかっただろう。

 一方、父親は妻がいても、いなくても変わることはなかった。

 多忙な毎日に身を置き、時々屋敷に帰ってくるものの、顔を合わせるは月に数えるぐらいだ。

 それでも跡取りとなるイザベルの弟には、執務室に呼んで仕事を教えていたようだ。

 イザベルは弟だけを大切にする父親が嫌いだった。

 だから、弟との関係も良くなかった。

 弟も、自由奔放で我儘な姉のイザベルを快く思っていなかった。



 そんな彼女の唯一の拠り所は、幼馴染みの存在だった。

 公爵家の長女として王宮に行くことも少なくなかったイザベルは、そこで二人の友人が出来た。

 一人は後に王太子となる第一王子のオーティス・エナン・ド・レクラム。もう一人は同じ公爵家の嫡子であるリオネル・ビオ・ストラッツェだ。

 彼らは幼い頃から一緒に遊び、イザベルもまた二人に交ざって過ごすことが増えた。

 子供の時は余計な感情を持つことなく、ただ純粋に傍にいられるだけで嬉しかった。

 それこそ屋敷での寂しさを忘れられるほど楽しかった。

 しかし、十六歳で成人し、王太子となったオーティスに婚約者が決まったとき、イザベルは選ばれたのが自分じゃなかったことに打ちのめされた。

 誰よりも近くにいたのに。

 誰よりも理解しているのに。

 誰よりも……愛していたのに。

 どうしていつも、自分のことを愛してほしい人達は皆、離れていってしまうのだろう。

 イザベルはその日を境に完全な悪女となった。

 公の場にも関わらずオーティスに付き纏い、オーティスの婚約者である伯爵令嬢フィオーナ・マウロには嫌がらせを繰り返した。

 そのせいで、あれだけ優しかったオーティスはイザベルを避けるようになり、イザベルはそれをフィオーナのせいにした。

 イザベルはフィオーナの孤立を企てたが、本当に孤立していたのはイザベルの方だった。

 公爵令嬢という立場があったからこそ、イザベルは社交界でも好き勝手してきたが、実際はオーティスやリオネルと仲良くしているイザベルを、快く思っていなかった女性は沢山いた。

 それが、フィオーナに対する嫌がらせが明るみになったことで彼女たちの鬱憤も爆発し、イザベルは王宮で開かれた大きなパーティーで彼女たちから糾弾された。

 娘の失態に大きく失望した父親のグラント公爵は、イザベルを屋敷の中にある物置部屋に三日間閉じ込めた。

 初めて嗅ぐ埃の臭いと、光が遮断された暗闇に恐れ、イザベルは暫く泣き叫んでいた。

 けれど、どんなに助けを求めても誰も現れなかった。

 何不自由なく生活してきたイザベルにとって、全てから切り離された空間は恐怖でしかなかった。

 結局、イザベルは食事どころか水すら与えてもらえず、三日間絶望の中を彷徨い続けることになった。

 物置部屋から出されたイザベルは身も心もボロボロになっていたが、彼女の中には未だにオーティスがいた。

 彼しかいないのだと、そう思い込むことで最後の精神を保っていたのかもしれない。

 だから、公爵家の者達の目を盗み、屋敷を出て王宮に向かった。

 ──唯一の希望だった。

 自分が愛せば、オーティスだって自分を愛してくれると。

 だが、思いを伝えようと伸ばした手は彼に振り払われた。

 青い瞳は軽蔑の色を浮かべていた。

 イザベルはただ「愛している」と伝えたかった。

 でもオーティスは離れて行ってしまった。

 慌てて追いかけようとしたが護衛に邪魔され、憔悴しきったイザベルの体はふらりと傾き、後頭部に強い衝撃を受けた後、視界が暗転した。

 それがイザベルの最期だった……。


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