嫌われ者令嬢と拗れた恋心③
馬車がストラッツェ公爵邸に辿り着くと、ダミアンは言い掛けた言葉を呑み込んだ。
今は何を言っても無駄だと思ったのだろう。彼の姉は、窓から見える屋敷に目を奪われていたのだから。
グラント公爵家の屋敷も広大な敷地にあったが、ストラッツェ公爵邸も負けてはいない。
侵入者を阻む大きな門を抜けると、底まで透き通った川が流れ、石畳の橋を渡り終えると、そこには一面青々とした芝生が広がっていた。犬がいたら喜んで走り回っていただろう。
重厚感ある赤レンガの屋敷までは緩やかな登り坂になっていて、邸宅から見下ろされているような気分になった。まるで「見張っているぞ」と言われているようで、悪いことはできないと震えた。
私がぶるっと震えると、気づいたダミアンが声を掛けてきた。
「寒いのですか?」
「……違うわ」
一瞬、ダミアンが心配そうな表情をする。それを気のせいにして、私はすぐに目を逸した。
乗っていた馬車は坂を上がって、屋敷の前で止まった。
外から「失礼致します」と声が掛けられると、護衛の騎士が扉を開けてくれた。
ようやく外へ出られる。
安堵したのも束の間、一足先に馬車から降りようとすると、私の前に大きな手が差し出された。
「まさか、本当に来るとは思わなかった」
「……帰ったほうがいいならそうするわ」
視線を向けた先に、悪戯な笑みを浮かべたリオネルがいた。
パーティーの主役なのだから屋敷の中で待っていればいいのに、わざわざ馬車まで迎えに来たということは、約束をすっぽかされなかったか確かめに来たのだ。
ストラッツェ公爵家の紋章が入った馬車に、護衛の騎士まで寄越されて、どうやって断ることができるというのか。
機嫌を損ねたようにイザベルらしく唇を尖らせれば、リオネルは顔を綻ばせた。
「冗談だ、嬉しいに決まってる」
「……っ、あ、そ」
──今の笑顔は反則だ。
噴き出しそうになるのをなんとか堪え、素っ気なく返した。
これまで怒ったような顔しか見せてこなかったのに、リオネルの急な変化に困惑してしまう。
オーティスを諦めると言ってから、リオネルの態度は明らかに以前と違っていた。オーティスに執着するイザベルを快く思っていなかったのに、身を引いた途端、人が変わったように優しく接してくれるようになった。
最初から嫌われていると思ったのに、何か見落としているだろうか。
馬車から降りた私は、改めてリオネルを見た。
──嘘でしょ、なんで?
リオネルの恰好を目にした瞬間、私の表情が固まった。
正装に身を包んだリオネルは、パーティーの主役らしく人目を惹く姿だった。しかし、問題は彼の着ている洋服のデザインにあった。
──どうして、同じ色なの?
リオネルは深緑色のズボンに、金糸の刺繍に赤い薔薇が描かれた白いジャケットを羽織り、鮮やかな服装にも関わらずしっかり着こなしていた。
一方の私も、ニーナが用意してくれた白いドレスを疑いもせず着てきた。
胸元にはレース生地で作られた赤い薔薇のアプリケが取り付けられ、裾の部分には深緑色の飾り模様が描かれていた。
まるで、対にでもなっているような装いに、頬が熱くなるのを感じる。
向こうの世界で言えば、男女がペアルックの服を着ているのと同じことだ。仲の良い友達同士が、同じ物を身につけるのとは訳が違う。
私は恥ずかしさのあまり、降りてきたばかりの馬車に戻ろうとした。
けれど、馬車からはダミアンが降りてくるところで、退路が塞がれてしまった。
「どうかしたか?」
「先ほど震えていらっしゃったので、寒いのかもしれません」
「そうか。それじゃ早く中に入って温まった方がいいな」
違う、そうじゃない。
自分の代わりに答えるダミアンにムッとしつつ、私は赤く染まる顔を下に向けるしかなかった。
今からでは引き返せない。ドレスの交換も難しいだろう。
「イザベル、行くぞ」
「────」
嫌だ、と喉まで出しかけた言葉は、リオネルの弾んだ声で言えなくなってしまった。
手袋をしていても握られた手が熱い。
嬉しそうにエスコートするリオネルも、体を気遣ってくるダミアンも、行動が読めなくて違和感だらけだ。
期待して突き放されるのは、二度と味わいたくないのに。
イザベルになってから、これまでに感じたことのない不安が押し寄せてくる。
本当は、イザベルが思っているよりずっと……。
そう考えたところで止めた。
もし考えていた通りだとしても、私にできることは何もない。
今はイザベルの傷付いた体を労り、大切にしてあげることが私の仕事だ。だから、余計なことで悩んでいる場合ではない。
それなのに、彼らが私の存在を知った時、イザベルの死を嘆き悲しみ、失望に変わる顔を想像すると胸が締め付けられそうになった……。





