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嫌われ者令嬢と拗れた恋心②

 初めて乗る馬車は快適とは言えなかった。

 ガタガタと揺れる振動に、両足を踏ん張っていないとシートから転がり落ちそうになる。

 それでもまだ王都の道は舗装され、人の手が加えられていない道から比べれば雲泥の差だろう。今から向かうストラッツェ公爵邸も、屋敷から三十分程の距離で助かった。


 イザベルの体に憑依してから数ヶ月、屋敷の外へ出るのはこれが初めてだ。

 ──ここは一体、どんな世界なんだろう。

 イザベルの記憶から得られる情報と、実際目で見るのでは全く別物だ。私は流れるように過ぎていく街並みに、好奇心を抑えきれなかった。

 時間があれば馬車から降りて歩き回りたいところだ。

 そう胸を弾ませるものの、表情はいつも以上に冴えなかった。自分一人だけだったら、もっと心穏やかに過ごせていたかもしれない。

 目の前にダミアンが座っていなかったら、馬車の移動だってもっと快適だった。

 私は反対側のシートで両腕を組みながら座っているダミアンに、複雑な表情を浮かべた。本来ならストラッツェ公爵家の馬車には、私だけが乗るはずだった。

 馬に跨った三人の騎士が豪華な馬車を率いて現れ、物々しい雰囲気に気後れすると、そこへダミアンがやって来た。

 もちろんダミアンも、リオネルの誕生日パーティーには招待されていた。


「馬車の中の護衛は、私が引き受けました」

「……え?」


 ──どういうこと?

 てっきりグラント公爵家の馬車で来るものだと思っていたのに、ダミアンはイザベルの護衛を引き受けたという。

 一緒にいるのも苦痛なはずなのに。

 驚きすぎて目を丸くしていると、ダミアンはタラップの前で手を差し出してきた。

 この世界では、ごく自然な行動なのかもしれない。

 けれど、慣れていない私はダミアンのエスコートに躊躇してしまった。

 ダミアンもイザベルの弟だけあって見た目は悪くない。手を差し出してくる姿も様になっている。でも彼は姉のイザベルに対して、こんなことをするような弟ではなかった。

 それならダミアンの思惑は何なのか。

 護衛を買って出てまで嫌いな相手の傍にいる理由は。

 今までもそうやって善意の裏に隠れた本心を探ることで、自身を守ってきた。

 ──ダミアンに関しては至極単純だ。

 今回のパーティーには、王太子のオーティスも呼ばれている。だから、また何かしでかさないように護衛という名の監視役を申し出たのだ。

 イザベルの、これまでの行動を思えば仕方がないことだ。

 一方で、そこまでされるほど信用されていないのだと、楽しみにしていた気分は半減した。

 どうせなら、私の両親のように無関心でいてくれたほうが良かった。

 その方が傷つくこともなかったのに。

 私は深い溜め息をついて、ダミアンの手を取らず馬車に乗り込んだ。

 エスコートを拒絶して馬車に乗り込むと、ダミアンは差し出していた手を握りしめ、護衛の騎士に指示を出してから馬車に乗り込んできた。

 また嫌味でも言われるのだろうと身構えていたが、馬車が邸宅を離れるまでダミアンは終始無言だった。

 それが余計気まずくて、私は窓の外に集中した。

 馬車の揺れにも慣れ、次第にダミアンの存在も気にならなくなっていた時だ。

 油断していたところへ、突然話しかけられた。


「近頃、父上と食事を共にされていると伺いました」

「……それが何?」


 奇声を上げずに済んだ自分を、誰か褒めてほしい。空気だと思っていた相手にいきなり話しかけられたら誰だって驚く。

 私は脈打つ鼓動を落ち着かせながら答えた。


「跡取りである僕は呼ばれないのに、なぜ姉上だけが呼ばれるのでしょうか」

「……知らないわ。公爵様に訊ねたらどうかしら?」


 一瞬「それね」と、口が滑りそうになった自分を胸の内で叱咤する。

 しかし、ダミアンが疑問に思うのも無理はなかった。

 あの日、悪夢に魘されている私の手を握り、傍についていてくれた公爵の前で号泣した。目的もなく優しくしてくれる相手には、簡単に心を開いてはいけないと言い聞かせてきたのに。

 そこから突き落とされる痛みを、何度も味わってきたではないか。

 それなのに、人の温もりはいとも容易く心の壁を突き破ってくる。いけないと分かっていても、すがりついてしまいたくなるのだ。

 本当の娘じゃないのに、公爵の手を振り払うことができなかった。

 結局そのことが原因で、私は公爵の誘いを断ることができなくなってしまった。

 最初は正体がバレないかビクビクしていたが、公爵は必要以上に話しかけてくることはなかった。

 彼は「使用人に問題はないか」「今日は何をして過ごしたのか」「欲しいものはないか」──と、当たり障りのない質問をしてきては、娘が大人しく食事をしていると、安堵の表情を浮かべるのだった。

 本物のイザベルだったら、父娘らしい会話を楽しむこともできたかもしれない。──それだけが残念だった。

 そんな公爵とのやり取りを思い出していると、ダミアンが慌てた様子で口を開いた。


「……お待ち下さい。いつから父上を肩書きで呼んでいるのですか?」

「少し前からよ」

「父上がそう呼べとおっしゃったのですか?」


 いきなり、何なの。

 ダミアンは組んでいた腕を解いて、前のめりに訊ねてきた。

 他の馬車より広いとはいえ、部屋と違って迫ってこられたら逃げ場がない。私はシートに背中を押し付けつつ、声が震えないように答えた。


「違うわ。私がそう呼ぶようになったのよ。でも、公の場ではお父様とお呼びするから安心して」

「そうではなくて……っ」

「公爵様との食事もやめてほしいなら、これからは断るようにするし、貴方から奪おうとは考えてないから」

「そんな話をしているのではありませんっ!」


 何をそんなに怒っているの。

 自分だけ招かれない食事に怒りを感じているなら、喜んで身を引こうとしているのに。睨みつけてくるダミアンの釣り上がった目は、少しだけイザベルに似ていた。

 その時、馬車の速度が落ちて窓から見える景色もがらりと変わった。


「……ストラッツェ公爵邸だわ」


 記憶にある豪華な邸宅が現れ、私は思わず口に出していた。


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