嫌われ者の令嬢と幼馴染み③
向かい合って座ろうとしたのに、リオネルは斜め横の一人掛けソファーに腰を下ろした。
テーブルを挟めばそれなりに距離が取れると思ったのに。私はメイドが運んできたお茶を飲みながら、我が家の如く寛ぐリオネルに目を細めた。
小さい頃から遊んでいたとはいえ、私にとっては赤の他人だ。
どうやって接したらいいものか考えていると、突然目の前に影が差した。
「お前、本当に大丈夫か?」
「…………」
驚いて目を見開くと、視界いっぱいにリオネルの手が広がっていた。
ごつごつした指に、沢山の剣ダコを潰して分厚くなった掌。
幼い頃から騎士に憧れ、オーティスと剣を交えている姿を度々見てきた。イザベルは大好きなオーティスのことしか見ていなかったが、リオネルの実力も相当なものだ。
元々、ストラッツェ公爵家は強力な軍事力を持ち、古くからグラント公爵家と共に国を護り、王室を支えてきた名家だ。
争いが起これば真っ先に駆けつけ、多くの軍勢を率いて戦うのだろう。女の身である自分には無縁な話だ。
「……手をどけて。お茶が飲めないわ」
「今日はやけに大人しいな」
「今すぐ帰ってと騒いだほうがいいかしら?」
私が冷たく言い放つと、リオネルは翳していた手を下げて咳払いをした。
そこまで心配されると、普段のイザベルがどれほど傲慢な態度だったのかよく分かる。
今まで誰の視界にも入らず、静かに生活してきた私には、イザベルのような振る舞いは難しかった。
これは勘付かれる前に、早く切り上げたほうが良さそうだ。
「お見舞いの品は受け取ったわ。他に用事がないようなら──」
「ちょっと待て。こっちはまだ来たばかりだぞ」
「だから何? 貴方だって私の様子を確かめに来ただけでしょ? 誰に頼まれたかは訊ねないけど、私は生憎この通り生きているわ」
……中身は違うけれど。
イザベルと違って騒ぐことはできないが、冷たく突き放すことはできる。
同情だけで友達になろうとしてきた同級生を、そうやって何人もあしらってきた。
皮肉をたっぷり込めたのは、イザベルの気持ちを思ってのことだ。皆、本心では消えてほしいと願っていたのだから。
「──俺がいつお前に、死んでほしいなんて頼んだ?」
「私のこと嫌っていたのは本当じゃない」
「あれは、お前が……っ」
急に声を荒げるリオネルに、私は視線を逸してお茶を口に含んだ。
そうやって都合が悪くなるといきなり怒鳴って、肝心なところは口を噤む。
近所にいた幼馴染みもそうだった。
言いたいことがあればはっきり言えばいいのに、いつも睨んできて、好き勝手怒鳴って、何を伝えたかったのか正直分からなかった。
他の子とは楽しそうに遊んでいたくせに。
私には冷たかった。
その後は、向こうが引っ越してそれきりだ。
どうせ自分の態度が気に入らなくて文句を言いたかっただけなのだ。
『一人が平気なやつなんていないだろ?』
『もっと他のやつらとも仲良くしろよ』
だから、何だと言うんだ。
自分が、自分を守るために壁を作って何が悪い。
一人でいたほうが気楽だし、傷つけられることもない。
勉強や仕事だって、やるべきことはやっていた。
それなのに、他人が人の領域に土足で踏み込んできて、好き勝手に荒らしていく。
それは良心でもなければ、善意でもない──ただの自己満足だ。
「とにかく俺は、お前が無事で良かったと思ってる」
──もう手遅れよ。
私はお茶で喉を潤し、カップをテーブルに戻した。
リオネルが演技ではなく、本心からイザベルの無事を喜んでいるように見えても、私は表情を崩さなかった。
その時、リオネルは胸のポケットから一通の封筒を取り出した。
「あと、用事は他にもある」
「これは?」
「招待状。俺の誕生日パーティーの。そういう約束だっただろ?」
──約束……?
戸惑うリオネルの顔を見つめながら、私は必死でイザベルの記憶をたどった。
しかし、いくら探ってもそれらしい約束が出てこない。
本当に約束したのだろうかと疑いそうになった時、リオネルは溜め息を吐いた。
「やっぱり覚えてないか。オーティスの誕生日パーティーで約束したから、忘れているだろうとは思ったけど」
「……ごめんなさい」
「いや、いい。ただ、オーティスの誕生日パーティーでパートナーを務めたら、俺のパーティーでもパートナーになってくれるという約束だった。お前が忘れても、俺は覚えてる」
絶対に忘れない、と。
珍しく真剣な顔で伝えられ、嘘をついているようには見えなかった。
イザベルが覚えていないだけで本当に約束したのかもしれない。
──でも、どうして?
イザベルを嫌っていたはずなのに、今のリオネルからはそれが全く読み取れない。むしろ正反対の気持ちすら感じて、私は居心地が悪くなった。





