嫌われ者の令嬢と幼馴染み②
「ニーナ、髪にはこれを着けてちょうだい」
「はい、お嬢様」
ストラッツェ公爵家の嫡子であるリオネルが訪れることは、屋敷の皆が知っていた。
おかげで、私は朝から忙しかった。
ニーナに叩き起こされ、頭の先から足の先まで綺麗に整えられ、黄色に銀色の刺繍が入ったドレスを着せられた。
「……こんなドレス、いつの間に」
「旦那様が贈ってくださったドレスの中にありました」
「ただのお見舞いなのよね?」
間違っても、お見合いじゃないよね? ──と、訊きそうになって私は口を噤んだ。
そんなことあるわけない、と誰よりもイザベルが良く知っている。
オーティスがダメだからといって、リオネルとイザベルが婚約するとは思えない。
けれど、着せられたドレスがあまりに彼の色を意識している気がして、落ち着かなかった。
お礼のつもりでリオネルから贈られてきた髪飾りをつける程度だと考えていたのに、これでは全身で
「貴方を意識しています」と、アピールしているようなものではないか。
「やっぱり他の……」
「とてもお似合いです、お嬢様」
他のメイドに指示しながら動いていたニーナは、私が難色を示すと、まるで分かっていたように言葉を被せてきた。
ちなみにニーナは、イザベルの危機を訴え、付きっきりで看病していたこともあり、正式にイザベルの専属メイドになった。給金も倍以上に跳ね上がったようで、以前よりやる気に満ちていた。ある意味、強敵だ。
結い上げられた髪に、赤い薔薇の髪飾りが取り付けられる。
やっと準備が終わったと安心したのも束の間、執事が慌てた様子でやって来た。
「お嬢様、ストラッツェ公爵家の公子様がお見えです!」
「え……?」
──待って、予定より早くない?
この世界での午後とは、11時より前の時間なのか。
呆然とする私とは裏腹に、ニーナは落ち着き払った顔で「早めに準備しておいて正解でしたね」とそばかすの顔を緩めた。
まるで、示し合わせたかのようなタイミングに疑問を持ちつつ、私はゆっくりしている間もなくリオネルの元へ向かった。
「ご機嫌よう、リオネル」
「イザベル……」
リオネルがいたのはグラント公爵家の中でも特別豪華な応接間だった。大きな窓を開ければ、中庭を一望できるテラスに出ることもできる。
そこに、部屋の中を歩き回るリオネル・ビオ・ストラッツェがいた。
見事なハニーブロンドの髪に、冷たく光る灰色の瞳。
威圧感のある長身に、着込んだ服の上からでも分かるほど鍛えられた肉体。
イザベルが苦手としている幼馴染み、その人だ。
私はドレスの端を持ち上げて恭しく挨拶した。
けれど、私が部屋に入ってくるなり、リオネルはずかずかと歩いてきて、イザベルの細い肩を鷲掴みした。
「お前っ!」
「きゃ……っ、な、なに!?」
「王宮で酷い怪我をしたって……もう大丈夫なのか!?」
この不躾で乱暴なところが、イザベルがリオネルを苦手としていたところだ。
小柄なイザベルからすると背の高いリオネルは怖くもあったようだ。
元の体だったらそんな恐れもなかったのに。私はその時初めて、背の低い子の気持ちを理解することができた。
「……ええ、見ての通り」
「グラント公爵から絶対安静って聞かされて、こっちは会うことも禁止されていたんだぞ? ……はぁ、とにかく無事で良かった」
「……心配かけたわね」
ドレスの布越しから伝わってくるリオネルの熱と、鼻先がぶつかりそうなほど迫ってきた顔に呼吸の仕方も忘れそうだ。
この世界では、全員の顔面偏差値が高すぎる。
イザベルの記憶がなかったら、私だけではパニックに陥っていただろう。
「オーティスの婚約に我慢できなくなって、ついに馬鹿な真似したんじゃないかって」
「……実際、馬鹿な真似はしたわね」
「どうして昔からお前は問題ばかり起こすんだ。少しは考えてから行動しろよ!」
「────」
なんとか平常心を保っていたが、リオネルに説教じみたことを言われた途端、私の中にあるイザベルの感情が怒りで燃え広がった。
貴方には関係ないでしょう!?
いつものイザベルだったらそう返していたはずだ。
誰よりもオーティスの近くにいて、男だからという理由でずっと仲の良い友だちでいられる。 そんなリオネルに、イザベルは嫉妬していたのだ。
けれど私になった今、イザベルの感情に流されそうになりつつも、羨ましがる理由はなくなった。
私は小さく息を吐いて、リオネルの大きな手を見下ろした。
「悪かったわ。だから、いい加減離してくれない?」
「あ、ああ……」
リオネルは、言い返すこともなく素直に謝ってきた私に驚き、すぐに両手を離した。
痛みはなかったものの、リオネルの手の感触が肩に残っている。人の温もりなどとうに忘れてしまっていた私には、慣れないものだった。
私は顔を背けて、リオネルをソファー席に促した。
「お前、それ……」
「なに?」
急に呼び止められて振り返ると、リオネルは視線を泳がせて「何でもない」と口にしたが、彼の視線が何度も私の髪飾りに向けられた。
──……なんだというの?
態度と言動が妙に噛み合ってないリオネルに、私もまた苦手かもしれないと嘆息した。
 





