甘いお星様
夢を見た
小さい頃に一緒に遊んだお兄ちゃんの夢.お兄ちゃんは栗色の髪に眼鏡の奥から優しい瞳を覗かせていた.
私はその優しい目が好きでいつもお兄ちゃんに付きまとっていた.
何故お兄ちゃんの夢を見たのかわからない
あんな小さいときの記憶とおの昔に忘れたつもりだったのに
10年も前から会ってもいない人の事を夢にみるなんて
なんだか変な気分だった.
私はもう22歳でしっかり働いていた.
なんだか懐かしい変な夢を見たせいか
頭が痛い
仕事になんか行く気もしないが私だってもう立派な社会人である
そんな程度の事でゴネて休むほどもう子供ではないのだ.
重たい腰をベットからあげてリビングへと向かった
私は母と2人暮らしで
父はあたしの小学生の時病気で死んだ
あまりその時の記憶はないが
母が言うには全くといっていいほど泣いていなかったらしいのだ
親が死んだというのに泣かない小学生とは なんと可愛くないものなのだろうと改めて思った.
食パンにマーガリンを軽くぬり
私は新聞をよみながらさっさと口にほうばっていく
―死亡―
新聞を見ると毎回目に止まる言葉
たくさん並ぶ名前
わかってる
人が死なない日なんてないのだ
私は軽く支度を済ませ
玄関を出ようとした
「もう行くの?まだ6時30分よ」
母が眠たそうな目で階段からおりてきた
「仕事がたまってるの.早く終わらせたいのよね」
「そう…」
あたしが玄関を向くと母は急に思い出したかのように声をあげた
「そう…そういえば.あなたの好きだった"お兄ちゃん"帰ってきたらしいわよ」
私は一瞬どきっとした
朝見た夢を少し思い出し
薄く深呼吸をした
「いってきます」
母の声など耳にはいらなかったかのように私は何も言わずにでていった.
お兄ちゃんのこと
だいすきだった
だけどあの日の事だけがどうしても思い出せない
父の死んだ日
私はお兄ちゃんにつれられ夜部屋をぬけだした
覚えているのはそこまで
後はお兄ちゃんとバイバイした時にもらった
こんぺいとうと言葉…
電車の音で聞こえなかった言葉.
ぼーっとしながら車のエンジンを入れ仕事へと向かった.
午後10時
やっと帰宅
今日は課長にも怒られるし
仕事はなかなかすすまないしついてない.
車の中でため息をついた
白い息が軽く広がって すぐに消えた
コンコン
窓ガラスを叩く音
栗色の髪 眼鏡
変わらない優しい目
"お兄ちゃん"
車の外にあわてて出ると
あの時より大人な
お兄ちゃんが優しそうな顔で立っていた
「な…なにしてんの!?」
「おばさんから聞かなかった?ちょっと帰って来たんだ」
その言葉をはっした時少し疲れた顔をしてるように見えた
私はあえて何も聞かなかった
大人になった私には聞かれたくない事の1つや2つあることくらいわかっていたからだ
「おかえりなさい」
「ただいま」
二人ともそう言って軽く笑った
そして並んで歩き始めた
「あっ 真ん丸お月様!」
私は空を指さして言った
「由香は変わってないな
前にも聞いた事あるよその言葉」
「そうなのっ?」
「あー.夜ぬけだした日にな
そんでその後星指さして言うんだよ.
俺泣けちゃって…」
そう言うとお兄ちゃんは星を優しく切ない目で見ていた
私の思い出せない記憶を持っていたのだ
「ねぇ.私その時なんていったの??」
「…由香覚えてないのか.小さかったもんね」
「うん。」
少し沈黙が続いた
私の足音とお兄ちゃんの足音
遠くから聞こえる車の音
とても優しい音だった
「お父さん…
そうやって由香が言ったんだよ」
それから
私もお兄ちゃんも一言も喋らなかった
なんだか
せつなかったから
お兄ちゃんの目もお星様もあたしの足音も
その夜あたしはねむれなかった
星が眩しくて
なんだか目をつむりたかった
でも なんだかできなかった
小さい頃のあたしが何度もあたしに呼びかけてるようで。
次の日の夜も
お兄ちゃんはあたしの窓ガラスを軽く叩いた
優しい目で
「由香…
こんぺいとう覚えてる?」
「あたしに最後にくれた奴ねっ
そう…あの時なんて言ったの?」
お兄ちゃんは少し困った顔をして
星を見ていた
あたしはそれ以上何も聞けなかった
聞きたくなかった
普通のたわいもない話しをする以外何もなかった
「ねぇ…由香」
深刻そうな顔で母によびとめられた
会社から帰って来たばっかりだって言うのにやけに重たそうな話しをされそうでため息が出そうだった
「この前"お兄ちゃん"の話ししたでしょ帰って来たって…」
「知ってるよ。会ったもん」
母は少し驚いた顔をし
切なそうな顔をした
「そう。あんたならもっと落ち込むかと思ったけど…大丈夫なら…」
何を言ってるのかわからなくなった
何で私がお兄ちゃんが帰ってきて落ち込むのかわからない
ましてや
だいすきだったから喜ぶはずなのに
胸の ざわめきが
「……どうゆうこと?」
「お兄ちゃんね……」
母が1番最後まで話す前に私は玄関を飛び出して走っていた
ヒールを履いていたのも忘れて
「痛っ……」
ヒールが折れて川のほうにコロンと転がっていった
「由香?大丈夫?」
優しい声 大きな手
だいすきな瞳
「ねぇっ
お兄ちゃんはもう私から離れない??
…嘘だよね.みんなが言ってる事なんて」
お兄ちゃんは黙っていた
黙ってあたしの口にこんぺいとうとをいれた
「…由香
俺 由香に会いたかったんだ
由香お父さんの事お星様って言ったから忘れないって見ててくれるっていったから」
お兄ちゃんの顔が暗くてよくみえなかった
声だけが
頭に響いていた
「こんぺいとうあげた時本当は何にもいってないんだ
言えなかった 好きなんて」
お兄ちゃんはあたしを好きだった
あたしもお兄ちゃんが好きだった
「お兄ちゃん…
こんぺいとうって甘いお星様みたいだね」
そう言った時
あたしにはもうお兄ちゃんの足が見えなかった
涙が出そうだった
視界がぼやけて
お兄ちゃんが見えなかった
唇に柔らかい
甘い感触があって
微かな声だけが風のようにきこえた
「お星様になったんだ
由香をいつも見てるために」
目から一粒涙が落ちて
目を開けた時にはもうお兄ちゃんはいなかった
甘い香りと
夜空に光る星だけがそこにはあった
こんぺいとう
甘いよ