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地球に最もやさしい車

作者: ウォーカー
掲載日:2022/12/19

 地球温暖化。

人間の活動が地球に影響を与え、地球全体の気温が上がる、

という考え方に基づく概念。

地球の気温を上げる効果があるとされるガスを、温暖化ガスなどと呼ぶ。

それにより地球規模で悪影響があるとされ、昨今、

地球温暖化防止のためと称する取り組みが義務化されつつある。



 ある年、初冬の時期。

日本の大都市で、地球温暖化防止と称するある条例が制定された。

新築住宅に入居する人は全て、新ハイブリッドカーを使うことを義務付ける。

新ハイブリッドカーとは、

国と自治体と自動車会社が共同で開発した車で、

電気モーターと新開発の動力を組み合わせて走る車のこと。

その条例に違反すれば処罰され、氏名を公表されることもあるという。

新築住宅に入居する予定だった人たちは大混乱。

慌てて新ハイブリッドカーを用意する必要に迫られることになった。


 大都市の片隅にある自動車販売店。

新ハイブリッドカー義務化の影響で混雑する店内に、その男がいた。

その男は、近々、新築マンションに入居予定。

車は既にスポーツカーに乗っているのだが、

条例により新ハイブリッドカーにしなければならないということで、

渋々、車を買い替えるために、自動車販売店にやってきていた。

しかし、条例の影響で自動車販売店は大混雑。

車の試乗の順番が来るまで待たされることになった。

「まったく。

 僕はもう車を持っているのに、新築マンションに入居するってだけで、

 どうして車を買い換えないといけないんだ。」

その男がぶつくさと文句を言っていると、

自動車販売店の販売員が文句を聞きつけ、苦笑いを浮かべてやってきた。

「お待たせして申し訳ありません。

 条例の影響でご好評を頂いて、大変混雑しておりまして。

 よろしければ、お待ちの間、新ハイブリッドカーのご説明をさせて頂きます。

 お客様は、新ハイブリッドカーがどういうものかご存知ですか?」

「いや、知らない。従来の車は好きだけどね。」

ぶっきらぼうに応えるその男に、

販売員は額の汗をハンカチで拭き拭き、カタログを片手に説明を始めた。

「そもそも、ハイブリッドカーとは、

 電気モーターと従来のガソリンエンジンなどの動力を組み合わせて走る車です。

 そして、新ハイブリッドカーとは、

 電気モーターと、新開発の動力を組み合わせて走る車のことです。

 この新開発の動力はなんと、温暖化ガスの排出量が実質0なんです。

 地球環境にとてもやさしいんですよ。」

「温暖化ガス排出量が実質0って、どういうこと?」

「はい。

 新開発の動力は、温暖化ガスを排出したとしても、

 排出量として数えなくていいことになっているんです。

 これは法律で定められています。」

「そうなのか。

 その新開発の動力というのは、何を燃料にしてるんだ?」

「私共も詳しくは存じ上げないのですが、対向エンジンだと伺っています。」

「ああ、水平対向エンジンか。

 僕が今乗っている車も水平対向エンジンだよ。

 ということは、燃料はバイオ燃料かな。

 水平対向エンジンは、車の挙動が安定するとかの長所があるけど、

 こまめな整備が必要なんだよな。」

「整備についてはご心配無用です。

 自治体に認定された整備業者が、町中をトラックで巡回してますので。

 タクシーを見つけるよりも簡単に見つけられますよ。」

そこまで話をしたところで、その男が車に試乗する順番がやってきた。

「あっ、お客様。お待たせいたしました。

 新ハイブリッドカーの試乗の準備が整いましたので、こちらへどうぞ。」

言われるがままに、駐車してある車のもとへ向かう。

新ハイブリッドカーは今のところ種類が少なく、

その男の用途に合う車は、小さなバンボディの車が一車種だけ。

バンボディとは、背が高く後ろ側が大きくなっている車のこと。

その男が車の中を見ようと、後ろ側の扉に手をかけると、

販売員が慌てて口を挟んだ。

「お客様、お待ち下さい。

 新ハイブリッドカーは法律で、エンジンルーム内は、

 認定された業者以外は見てはいけないことになっているんです。

 開けると法律違反ということで重罪になるかもしれません。」

「エンジンルーム?

 この車のエンジンルームは後ろ側にあるのか。

 車の後ろにエンジンがあるリアエンジンというわけか。

 この構造だと、後ろ側には荷物をあまり載せられないな。

 それは不便だなぁ。」

「新開発の動力は、まだまだ開発途上のものですから。

 トランクでしたら、車の前の方にありますので。」

 それに、いずれにせよ、

 条例で選ばれた車はどれも似たりよったりですよ。」

それもそうかとその男は文句を引っ込め、

ともかくも新ハイブリッドカーの運転席に座ってみる。

新ハイブリッドカーの車内は、従来の車と変わらない。

ハンドル、アクセルペダル、ブレーキペダルがあって、操作盤がある。

試しにエンジンをかけてみる。

電源ボタンを押しても無音なのは、

従来のハイブリッドカーと変わらなかった。

アクセルペダルを踏み込む。

すると新ハイブリッドカーは、やけにゆっくりゆっくり動き始めた。

「・・・なんだか、蹴り出しが遅いな。」

「新ハイブリッドカーは地球環境に配慮した車でして。

 その代わり、走行音はとても静かだと思いますよ。」

新ハイブリッドカーは、走れば遅く、中は狭い。

その男は気乗りがしなかったが、

しかし、条例で義務化されたからには従う他無い。

その男は観念して新ハイブリッドカーを買うことにしたのだった。


 それからしばらく待たされた後日、新ハイブリッドカーが納車され、

その男は新ハイブリッドカーを使う生活を送るようになった。

新ハイブリッドカーは遅く狭いというのは、事前に試乗した通り。

さらには故障が多く、頻繁に整備業者を呼ぶ必要に迫られた。

しかし、事前に説明された通り、

整備業者のトラックがあちこちを走っていて、

タクシーを呼ぶような感覚で修理を頼むことが出来たので、

思ったよりも不便は少なかった。

条例で義務付けされなければ選ばないが、乗って乗れないこともない。

町中を走る新ハイブリッドカーの数は、次第に多くなっていって、

大都市の景色は急速に書き換えられていった。


 その男が新ハイブリッドカーを使うようになってしばらく。

ある日のこと、

いつものように車を走らせていると、車に異常が。

アクセルペダルを踏んでいるのに、スピードが出ない。

それどころか、のろのろとスピードが落ちていって、

車は止まってしまった。

その男は溜息一つ、頭を掻いた。

「やれやれ、また故障か。

 今日は急いでるっていうのに。

 電気系統が落ちて、操作盤の電気が消えてるな。

 きっとまたエンジンの故障だろう。」

いつものように整備業者のトラックを探すために、車の外に出る。

しかし、いつもはよく見かける整備業者のトラックが、

なぜか今日に限っては全く見当たらない。

周囲の道路を走っている車はいくらでもいるのに、

整備業者のトラックだけは見つからない。

それどころか、その男の車と同じ様に、

路肩に止まっている車の方が多く見つかるくらいだった。

「まいったな。

 こんな時に整備業者が見当たらないなんて。

 電話で頼むしか無いか。」

車内から携帯電話を取り出して、整備業者に電話をする。

しかし、電話は中々繋がらない。

やっと繋がったと思ったら、人ではなく、自動応答メッセージが流れた。

「お電話ありがとうございます。

 只今、大変込み合っております。

 恐れ入りますが、そのままお待ち下さい。」

抑揚のない、妙に癇に障る音声に従って、待つことしばらく。

しかし電話は一向に繋がる気配がなかった。

「・・・これは駄目そうだな。

 向こうに止まっている車も、きっと故障車だろう。

 僕の車よりも先に止まってるのに、整備業者が来てないものな。

 順番を考えれば、僕の車はもっと後回しだ。

 仕方がない。自分で何とかしよう。」

電話を切って、車の排気管を覗いてみる。

排気管からは赤錆のような液体が滴っていた。

やはり異常はエンジンで起こっているらしい。

その男は、車の後ろ側の扉を開こうと手をかけた。

その扉の中はエンジンルーム。

新ハイブリッドカーのエンジンルームの中は、決して見てはいけない。

その禁を、その男は失念していた。


 新ハイブリッドカーのエンジンルームの中は、思ったよりも広かった。

バンボディの後部をほぼ丸々使っているのだから当然。

問題は、その中にあるもの。

新ハイブリッドカーのエンジンルームには、

何かの機械、配管、配線、大きなバッテリーなどがあり、

そして、鉄格子の箱が置かれていた。

鉄格子の箱、という言い方は正しくないかもしれない。

鉄格子がはめられた金属の大きな箱は、むしろ牢屋と言って良い。

なぜなら、中に入れられていたのが、人だったから。

新ハイブリッドカーのエンジンルームの中には、

大きな鉄格子の牢屋があり、中には人が閉じ込められていた。

「なんだ、こりゃ・・・?」

自分が乗っていた車のエンジンルームに人が入っていた。

そんな場面を目撃したら、人はどうするだろう。

その男の場合は、ギョッとして立ち尽くしかできなかった。

立ち尽くしていても、そこに広がる光景は目に飛び込んでくる。

バンタイプの車の後部に収められていた鉄格子の牢屋。

その中には、人が二人閉じ込められている。

どちらも床にへたり込んで、全身傷だらけ。

床には至るところに血の跡が染み付いている。

牢屋の中の二人は満身創痍で表情は虚ろ、

エンジンルームの扉が開いたことにも気が付かなかったようで、

へたり込んで肩で息をしていたが、

やがて、その男が覗き込んでいるのに気が付くと、

二人は慌てて立ち上がって、殴り合いを始めた。

それは決め事だったようで、二人の手には、

ボクシングの選手が付けるようなボクシンググローブがはめられていた。

すると、どんな仕組みになっているのだろう、

二人が殴り合いを始めた途端、運転席の操作盤の電気が点いて、

エンジンがかかったのが確認できたのだった。

そうしてその男は、ようやく思い出した。

新ハイブリッドカーのエンジンは、対向エンジン。

水平対向エンジンは別名、ボクサーエンジンと呼ばれているということを。

「もしかして、新ハイブリッドカーは、

 人間が殴り合うことを動力として、車を走らせているのか?

 どんな仕組みなのかわからないが、そうとしか思えない。

 地球温暖化対策ということで、

 温暖化ガスとされるものは、排出量が厳しく制限されている。

 でも、人間の体から出るものには制限が無い。

 だから、人力で動く新ハイブリッドカーは、

 温暖化ガス排出量が実質0という扱いなんだろう。

 こんなもの、奴隷と変わらないじゃないか。

 恐ろしい、なんて恐ろしいことを。」

新ハイブリッドカーは温暖化ガス排出量が実質0。

そのからくりの真相を知って、その男が恐れ慄いていると、

遠くから車がやって来るエンジン音。

トラックがやって来て、その男のすぐ近くに停車した。

わらわらと作業着姿の連中が降りてきて、その男を取り囲んだ。

上役らしき一人が、鋭く声を張り上げた。

「お前!

 許可なく、新ハイブリッドカーのエンジンルームの中を見たな?

 それは反地球環境保護罪の重罪だぞ。

 お前を逮捕する。連れて行け!」

指示に従い、作業着姿の連中が速やかに動き、

その男は抵抗する間もなく羽交い締めにされて、

荷物のように引きずられて、トラックの荷台に収められてしまった。

その男は無我夢中で必死に叫んだ。

「何をする!?僕をどうするつもりだ!」

「違反者は、その身をもって地球環境保護のために貢献してもらう。」

何を、と問いただそうとして、その男は息を飲んだ。

トラックの薄暗い荷台の中、そこに何人もの人たちがじっと座っていた。

その虚ろな表情は、新ハイブリッドカーのエンジンルームにいた二人と同じ。

その男は理解する。

新ハイブリッドカーの動力にされていた人たちが、

どうやって集められたのか。

そして自分がこれからどうなるのかを。

その男が項垂れて抵抗するのを諦めると、

トラックの荷台が閉じられ、外界への道は絶たれた。

エンジンが回る音がして、トラックが動き始める。

そうして、反逆者とされた哀れな人たちを載せたトラックは、

排気管から黒煙を吐き出し、何処かへと走り去っていった。

吐き出された黒煙は、上空へ立ち上っていって、

広大な空に溶けるように混ざって消えてしまった。



終わり。


 評価の基準が間違っていたら、何をするにしても間違ってしまう。

それを表現したくて、この話を作りました。


もしも、物事を決める人が評価の基準を間違えていたら。

どうしたらいいのか、私にはわかりません。


地球の未来がどうなるのか、

思考実験や模擬実験から得られるデータには限度があります。

確実なデータが揃うまで待つのも一つの方法だと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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