妃殿下の復讐と後悔
元第2王子の婚約破棄の顛末
王妃殿下のサイドストーリーとなります。
未読の方は元第2王子を先にお読みください。
あの女のいた離れに居を移され、愛する夫とは引き離されて半ば幽閉されたも同然の身。
「こんなつもりじゃ無かったの」
私はメルティーク侯爵家に次女として生を受けました。名をアンネクラールと申します。
ふたつ下となる第一王子ザドラード殿下がおりましたゆえ、私を含めて数名の高位貴族の令嬢は婚約者候補となりました。
様々な能力を試され、適性を判断されたのちに私は正式に婚約者となったのです。
それが学園へと入学をする数えで15となった時でした。
ザドラード殿下は学園時代から気の多い方でした。
一夫一妻を原則とする我が国では側妃は認められませんから、あれこれと目移りしては遊び回る殿下に気が気で無かったのです。
それでも学園を卒業すれば、そんな遊びも嘘のように私と成婚し、来賓を招いて盛大に披露宴も行うと、本当に一途に私へと愛を注いでくださったのです。
第一子を身籠り、無事に世嗣ぎを産むことが出来ると陛下となった彼は私と同様に我が子バドルアードにも愛情を注いでくれたのです。
とても幸せで充実しておりました。公私ともに順調でなんの憂いもなく、不安だった浮気性も若気の至りだったのだと安堵していたのです。
だからでしょうか。陛下の子を宿した平民がいると報告を受けた時、私は使者を斬り殺したいほどに怒りに身を焼きました。内心の憎しみを悟られぬよう、努めて冷静に対処しましたが、その時は所詮は平民、後の火種にならぬよう、事故に見せ掛け殺せばいいと思ったのです。
ですが、報告の使者は追い討ちをかけるような情報をもたらしては火に油を注ぐのです。
曰く、その平民が勇者の直系の子孫である可能性がある。
曰く、陛下が身分も素性も偽り独身の平民だと宣っては女性に声をかけていた。
曰く、すでに多くの者に知られてしまっている。
どうやら、護衛を最小限にするために、上流階級の出入りも多い、勇者の子孫が営む「イザカヤ」なる店に行き、そこの給仕を勇者の子孫と知らず口説いてしまったようなのです。
間の悪いことに仲の悪かった王弟殿下の耳に入り、最早その平民を受け入れざるを得ない状況のようでした。
煮えたぎるような想いにいっそ陛下諸とも殺してやりたいとも思いましたが、騙されただけの女と、その腹にいる子供には罪はない。ないけれど、許せないのです。
「なぁ、アン、お前にはすまないと思っている。だが、離れにて妾として迎え、子は庶子とするゆえ、許してくれ」
そのようなことを言われ、地に頭をつけて謝罪された時、私がどれ程惨めだったか、貴方にはわからないでしょうね。
陛下ともあろう身分の方が地に頭をつけて許しを乞うなど、ましてそれが不貞を働いたことの謝罪だなどと、貴方の頭はそのように軽いものでは無いのです。たとえ、私との仲が決裂したとしても、謝罪などせずに、堂々と離れに囲えば宜しいのです。
であるのに、私に許しを求めるなど、一介の私人として妻に頭を下げるなど、妃殿下として振る舞わねばならない私をどれだけ馬鹿にすれば。
そう思ったところで、愚鈍な貴方にはわからないのでしょうね。幸いに優秀な補佐が揃い、自らを凡愚と理解している貴方は、その声を正しく聞く度量はある。そう言った意味では貴方は王としては暗愚ではあっても愚かでは無いのです。
そして、貴方にとっては優秀な補佐たちも、貴方を支えて行くために誂えられた私も重い枷のようなものなのでしょうね。
私は一計を案じたのです。
貴族家においても、爵位を持つ者が平民との間に子を成すことは無いわけではありません。
貴族法に則るならば、陛下の言う通りとなりますし、恐らくは法務を司る我が実家の父たちに言われたのでしょう。
ですが、陛下が手を出したサーシャという女は勇者の直系の子孫でした。これは調査の結果、間違い無いようです。陛下が自らを偽って行為に及んだことで、勇者を信奉する勢力からの反発が起きていると報告が来ておりました。
サーシャ様自身は分不相応な地位は身を滅ぼすと、妾として迎えられても、最低限の暮らしでいいと述べているそうで、腹の子も、当然に庶子で構わないし、成長すれば平民として野に戻すと言っているそうです。
身の程を弁え、道理をよくわかっている方のようで、流石は勇者の子孫と尊敬の念も覚えましたが、つまりは平民としての暮らしは出来ても王候貴族の権謀術数に関わることは出来ないと言うことです。
自分の子供を守るために離宮に籠り、籠の鳥になっても子供には余計な柵はつけさせないと言うことでしょう。それに、そうした殊勝な態度でいれば同情もあって妬み嫉みを買う心配もなく、反対に謙虚で奥ゆかしい姿は称賛されるでしょう。
「小賢しい。私からあの人を奪っておいて」
だから、私はあの女から子供を奪ってやることにしたの。
「勇者の末裔の方を騙すように孕ませてしまい、その上に庶子として冷遇したとなっては周辺にあらぬ誤解を招きます。王籍に入れ、王子として遇する手配をいたしてください」
そう言った私を、貴方は驚いた目で見たあと。
「やっぱり君は寛大で慈悲深く、そしてとても冷静で明晰だ。君を妃として迎えられて本当に良かった」
そんなことを言って、私を抱きすくめましたの。
王宮の庭を改修して急造された離宮へとあの女がやって来たとき、すでにその手には赤子が抱かれていました。私とは会うことが無いようにと配慮されていたようですけれど、周辺の者を黙らせて王宮へ到着したあの女へと赴きました。
「貴女がサーシャ様ね。気を病む必要はありませんから、離宮にいる侍女たちには何なりと命じていいわ。貴女も貴女の子も、大切な家族ですもの」
私がそう言って彼女の前に立つと、彼女は赤子を侍女へと預けて、まさしく平伏したのです。
「アンネクラール妃殿下にお目通り叶いましたこと、誠に光栄に存じます。私はサーシャと申します。平民ゆえ、名字はございません。ただ、サーシャとお呼び下さい」
「面を上げてちょうだい。言ったでしょう。家族ですもの、そんな仰々しい礼は無しにしましょう」
そう呼び掛けて初めて体を少しばかり起こし三指をついたまま顔を上げるも、目線は下を向きこちらを見ようとはしませんでした。
謁見の礼法に則るその所作は私を苛つかせました。この女はどこまでも私を拒絶するつもりなのだと、勇者の子孫として貴族に目をかけられても粗相の無いようにと教えられているのでしょうが、それが却って、いたらない夫と、それを諌められなかった周囲への当て付けに見えてしまうのです。
勿論、そのようなことは無いのは重々承知しておりますが、堪に障ってしまえば目に入るもの全てが気に入らないのも、また確かなのです。
「貴女自身は平民のままだとしても、お子は王籍に入り王子となるのです。王子の母ですから、余り頭を下げてはお子の将来に影を落としますわ。堂々となさいませ」
「ソシアードが王子っ 失礼しました。我が子は庶子として迎えられる筈では」
余程焦ったのね。私を真正面から見て声を上げて、すぐにまた目線を落として。
「貴女は勇者の末裔ですもの、我が国は恩人に砂をかけるような恥知らずではなくてよ」
扇の奥に口元を隠して微笑んだ私とは裏腹に、ありがとうございますと言う、あの女の手は血が滲むほどに握られていたわ。
それから、私はあの女とも、ソシアードと名付けられた子供とも表面上は仲睦まじく過ごしたわ。
親切を装ってソシアードに助言をして。
「貴方は侯爵家に入るけれど、政務や面倒な家のことは侯爵家の娘や補佐をするものに任せればいいわ。最低限のマナーだけ学んでおけば大丈夫よ」
「義母上、ですが母はしっかり学んでおくようにと」
「サーシャ様は真面目で誠実な方ですからね。でも、あまり出来すぎても敵をつくりますよ。入り婿なのですから、下にみられるくらいで良いのです」
関心したように頷いているソシアードの愚かさに、あの女に似ずに良かったとほくそ笑みました。
ソシアードにつける家庭教師は私の言葉を受けて、ソシアードを甘やかしては誉めるばかりとなりました。
それも、あくまでも「平民の子供だったものに無理をさせないであげて」という薬紙に包まれております。
だと言うのに、揃いも揃って妃殿下は寛大だ、不義の子にも慈悲を注がれる素晴らしい妃殿下だと、本当に馬鹿にされているとしか思えませんでした。
学園生活をおくるソシアードが夫に似たのか、浮気をしていると報告を受けた私は、表には落胆を隠しているかのように気丈に振る舞っている振りをしましたが、内心は怒りと喜びでない交ぜとなった感情で荒れておりました。
夫の不義を思い出す象徴のような子供が、まさにその浮気性を受け継ぐとはどんな皮肉でしょう。
いえ、そうなるように仕向けたのも私なのですから、あの子だけを非難してはいけませんわね。
王弟殿下の興したラドバ公爵家は元王弟殿下の金遣いの荒さ故に借金を重ねておりました。
新進気鋭の商家ルナージュと縁を取り持ち、爵位を委譲して支援を求めるように勧めたのは私ですし、その後に我が子バドルアードが留学中に問題を起こしていると虚偽の情報を流させて第二王子派を作ったのも私なのです。
軽い御輿に群がるのは同じく軽い方ばかり、我が子が即位した暁には纏めて粛清して、ソシアードは直臣の男爵家で飼い殺せばよい。そんなつもりだったのです。
ついに侯爵家との婚約解消を話し合うべく、場がつくられることとなりました。
私は敢えて陛下の代理としてソシアードと憐れな令嬢へと書を認めて、王家の封蝋を捺して使者へと渡しました。
「大切なことです。必ず婚約に関しての取り決めを行うと伝えなさい」
使者の返事を聞くと同時に、都合の良い情報しか耳に入れないように育てたあの子が、封書を読まずに突き返す姿を思い浮かべました。
「そこまで愚かではないかしら」
ですが、実際には封蝋ごと破り棄てたと報告され、これであの子は平民落ち、処刑こそあの女がいるからされないでしょうけれど、予定通りに男爵家の従者にして、あの女も適当な理由をつけて幽閉してしまえばいいわ。そんな風に思ってたの。
何がどう間違っていたのでしょう。
サーシャは自ら命を絶って、そこまでして護ったはずのソシアードは暴徒化した民に殺されてしまいました。
そんなつもりでは無かったのです。
「母上、留学していたことなど言い訳になりませんから、私も同罪ですが、家族の痛みに寄り添え無かったのです。真に家族として心を開けなかったのです。全ての元凶は父上ですが、その過ちを糺せなかったことを悔いています」
バドルアードはそう言って、私をここに幽閉することを決めました。
愛する息子から断罪されることに痛みは無かったの。
ただ、もうあの人に会えないことが。
あー、私は、ただ一人の女としてあの人に嫉妬し、怒りをぶつければ良かったのね。
ただ私だけを見てほしいと少女の頃の私は我が儘を言うべきだったんだわ。
それでも貴方は…浮気したのかしら。
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