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愛しき夜に

作者: 似鳥ちの

 彼と同棲を始めてもう五ヶ月になる。「ちょっ、早く服! 着てよ!」と騒いでいた初々しいあの時が懐かしい。今や鍛え抜かれた胸筋が視界に入っていても、きゃあ! っと叫ぶことはなくなった。慣れ、というものだろう。まぁ目のやりどころに困ってしまうのは相変わらずだが。

「もうすっかり夜だね」

 窓の外を見る。先ほどまでこのワンルームを煌々と照らしていた太陽は彼方に沈み、今は月が昇っている。

 秋が近い。日に日に気温も低くなってきており、特に夜は肌寒い。上にカーディガンを羽織らなければいけないくらいには。

 最近銘柄を変えた煙草とライターを片手にベランダに出る。

「よっ、と」

 置きっぱなしにされたサンダルはひんやりとしていた。室内で吸うわけにもいかないから外に出たのだ。セブンスターと書かれた箱から一本取り出す。カチッ。ふう。ため息。立ち上がったばかりの白い煙が空に舞う。暗い夜の空の黒に、煙の白が差し色になるようだった。

 スーッ、はぁ。

 また煙が上がる。ゆらゆら揺れて風に吹かれて、消えた。

 この部屋は地上七階。そこそこ高さがある。だからこそ見える景色は一段と綺麗だ。高層ビル群が立っていてキラキラ光っているのも、車が列を成して進んでいるのも、全て見える。まだ、人々は眠りについていないようだ。

「あ、一等星」

 きらりと輝く星を見つけた。他の星々よりも一段と強い光を放っている。パチパチ、キラキラ、燃える線香花火みたい。

 ふと室内の時計を確認すると、午前零時を少し過ぎた頃だった。この時間帯はひどく静かだ。車の光が動き、そして街が息をするように光を点滅させる。

 スーッ、はぁ。

「……電子タバコに変えようかな」

 家から近いコンビニに新商品と書かれた新しい電子タバコが売ってあった。色味が可愛くてついつい惹かれてしまった。まだ残りの煙草があるから、とその時は諦めたが、これを吸い終わったらもしかしたら乗り換えるかもしれない。

 時代は電子タバコ、なーんて。

 煙草を吸い終わり、わたしは部屋に戻った。ベランダとは違い、暖房はつけていないものの人がいるため温かさがあった。

「ねえ、ちょっと呑まない?」

 スマホを弄っていた彼に問う。こちらを見て、

「いいね、呑もうか」

と答える。彼の手のひらに包まれていたスマホは、テレビ前に置かれたテーブルに裏返しで置かれた。今からは僕と彼女の、二人の時間なんだと言わんばかりに。

「なにか手伝おうか」

「ありがとう。じゃあグラスお願い出来る?」

「了解」

 我が家ではグラスを数分冷やしておく決まりがある。善し悪しは酒の種類によって変わるため、この行為が正しいかどうかはわからない。ただ、冷やさないで呑むよりも美味しく感じるのだからありだと思っているだけ。

 わたしはグラスを冷やしている間につまみを作る。ごく簡単だ。つい最近彼が出張先の沖縄からお土産で買ってきてくれた海ぶどうが今日の主役。この海ぶどうに鰹節と醤油を入れる。それで完成。なんと簡単!

 冷やしたグラスに冷えた缶チューハイを注ぐ。トクトクトクトク。炭酸のしゅわしゅわも聞こえる。

「かんぱーい」

「乾杯」

 先ほど作った海ぶどうのおひたしを箸で掬い、口に運ぶ。このプチプチ感が堪らなく好きだった。鰹節の風味もいい感じだし、醤油の量も多くもなく少なくもなくでちょうど良い。パパッと作れてこんなに美味しいのだから、海ぶどうのポテンシャルは計り知れない。

「どう? 美味しい?」

「うん、美味い」

「なら良かった」

「もう少し醤油欲しいかも」

「ほんと? 持ってくるね」

「ありがとう」

 彼の口には薄く感じたらしい。

「はい」

 彼は醤油を受け取って海ぶどう全体に回しかける。少し多くないか? と心配してしまった。健康には気をつけて欲しいのがわたしの常の願いである。

「どう?」

「うん、これくらいかな」

「そっか」


 彼は濃いほうが好き。わたしは薄いほうが好き。

 彼はたばこを吸わない。わたしはたばこを吸う。

 それぞれ反対のこともあるけれど酒の趣味は同じだった。彼もわたしも甘めのチューハイが好き。もちろん、ビールやら焼酎やら呑めなくはないが、苦いのはあまり得意ではなかった。

 これが彼とわたしの共通点。


「ねーえ、いつきー、ふふ」

「もう酔っちゃったの?」

「酔っれないよー」

「……説得力ないよ、まったく」

「いつきぃ」

「はいはい」

 とろんとした目で彼女は僕を見つめる。頬が上気していた。妙に色っぽくてドキッとしてしまう。

「わたしのこと、すき?」

 随分と急なことを聞くものだ。いつもの彼女はそんなことを聞くことはない。酔った時にだけ毎回聞いてくる。まあ晩酌には日常茶飯事のことだ。

「好きだよ」

「んふふ、ねーえ、あいしてる?」

「うん、愛してるよ」

「そっかあ、んふ、よかったあ、うれし」

 どんどん舌っ足らずになっていく。酔いが回っている証拠だ。これ以上このままにさせておくこともできず、とりあえずベッドに横にさせた。キッチンからコップ一杯分の水を持って行く。それをベッド横のミニテーブルに置いた。

「水、飲みなよ?」

「ううー、いつきがのませて」

「はぁ……仕方ないな」

 水を一口分、口に含む。そして、横になっている彼女にキスをする。口移しで飲ませてやる。

 彼女の喉が上下した。ちゃんと飲めたようだ。

「いーつーきぃー」

「酔っ払い、今日は寝なさい」

「いっしょにねよ」

「いつも一緒でしょうが」

「えへへ、そうらったねえ」

 酔っ払いの介抱は骨が折れる。ため息つく間もなく、ねえねえと声をかけられるのだ。

「ちゅーして。そしたらねる」

 彼女は両腕を伸ばしながらそう強請った。それに応えるように、僕も彼女を抱きしめる。ちゅう、と口づけをすると満足そうな顔をして「おやすみ」と呟いた。僕も「おやすみ」と返す。軽く頭を撫でるとものの数秒で夢の中。すぅすぅと規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

「愛してるよ、希歩ちゃん」

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