かくれんぼって歌うのが恥ずかしいんだよな
「もーいーかーい」
このフレーズを聞く度に、子供の頃を思い出す。
「まぁーだだよー」
ジーワジーワと喧しい蝉の音に重ねるように、すぐ近所の公園から子供たちのかん高い笑い声が聞こえてくる。
「うるせぇなぁ」より、「楽しそうで何よりですね」と思ってしまうのは俺もオッサンの仲間入りした証拠だろうか。
俺は棒アイスを一齧りするとスリープしていたノートパソコンを起動した。
折角の夏休みで帰省したは良いものの、仕事という名の必須課題がある時点で休みではないではないか──
そんな不満も社会人五年目になれば諦めに変わる。
「かーくれーんぼすーるもーの寄ーっとーいでー♪ かーくれんぼすーるもーの寄ーっとーいでー♪」
「かーくれんぼすーるもーの、こーのゆーび止ーまれっ!」
あー、この歌懐かしい。
この「かくれんぼ言い出しっぺ」がとる音頭がどうしても恥ずかしくて、俺はかくれんぼを提案するのが苦手な「誘われ待ち専」だったっけ。
おそらく俺の陰キャの片鱗はその頃から顔を覗かせていたのだろう。
それはそうと、かくれんぼで歌うのはローカルルールだと知った時は驚いたものだ。
あと「かくれんぼは偶数人でしかやっちゃいけない」ってのも、大学生の時にローカルルールだと知って衝撃を受けたっけ。
「もーいーかーいっ?」
「「まぁーだーだよーっ!」」
昨今の地元のチビッ子は偶数ルールを守っているのだろうか、なんてボンヤリと考える。
棒だけになったアイスをガジガジと口寂しさに齧りながら、パソコンに文字を打ち込んでいく。
仕事の進捗?
そこそこにテキトーですが、何か?
「もーいーかーいっ?」
「「もーいーよーっ!」」
賑やかしかった声が一気に静かになる。
おぉ、隠れてんなぁ。
時折聞こえる「どこだー!」だの、誰それを「見ぃーつーけたーっ!」だのといった声が、彼ら彼女らの遊びが白熱している事を物語っている。
そういや「かくれんぼは偶数人じゃなきゃダメ」って理由もおかしかったよなぁ。
えぇと……何だっけ?
確か奇数の人数で遊ぶと、あぶれてしまう子供がいる事を憐れんだ神様だか天狗様が一人を連れてっちゃうから……とかだったかな?
だからかくれんぼする時は必ず偶数で、もし途中で誰かが抜けるならかくれんぼ自体を止めなければいけないんだったよな。
……って、いやいや、理由テキトーすぎじゃね?
何だよ神様だの天狗様だのって。
俺は当然として、今時子供でも信じないだろ。
「もーいーかーい」
「……まぁーだだよー」
あー、集中力切れてんなぁ、俺。
クソ暑い夏に涼しい部屋でアイス食う贅沢をしたからか、気持ちが完全に休憩モードだわ。
かくれんぼお決まりのフレーズのせいで、やたらと昔を思い出すし。
特に思い出すのは、やっぱ小三の夏休みだな。
東京から親戚の家に遊びに来たっていう、やたら都会マウントを取ってきていた、今となっては名前も覚えてないアイツの事だ。
やれ「最新ゲーム持ってる」だの、「かくれんぼで歌ってるの見かけたけど、バカじゃねぇ?」だの、「目玉焼きって何だよ、料理じゃん」だの。
日頃の遊びをバカにされて幼心にムカついた俺と友人達は、特に打ち合わせた訳でもないのにソイツを誘って五人でかくれんぼを始めたんだっけ。
そんで、やっぱり打ち合わせた訳でもないのにソイツが鬼になった途端、全員が黙って帰ったんだよな。
子供って残酷だよなぁ。
それから暫くして、「子供が一人、行方不明」って大人達が大騒ぎだったっけ。
事件と事故の両方で捜査されたらしいけど、結局見つかってないとか何とか。
……そのニュースってアイツの事だったのかなぁ……
もしそうだとしたら正直すまんかったとしか言えない。
「もーいーかーい」
「まぁーだだよー」
だー、もう!
気が散る上にセンチメンタルな気分になってしまった。
少し悩んだ末、大して文字入力をしてないデータを上書き保存してノートパソコンを閉じる。
折角の実家だしな、うん。
残りの仕事は晩飯食った後の俺がやってくれるだろう。
まだ十五時半だけどな、うん。
外の声は何度か騒がしくなったり静まったりを繰り返していたが、ふいに元気そうな女の子の声で流れが変わった。
「あー! みんなタンマタンマー! ハヅキちゃん帰るってー!」
途端に何人かが「集合ー!」「出てこーい」と騒ぎ始める。
お、この流れはもしかすると…… ?
「全員いるー?」
「一、二、三…………うん、八人全員いるよー」
「じゃあ、せーのっ」
「「「「「「「「かーくれんぼおーわりっ!」」」」」」」」
う、歌ったー! いやぁ懐かしい。
やっぱ今時の地元キッズも「かくれんぼ終了する時は全員で声を揃える」ってルール、引き継がれてるんだなぁ。
ちゃんと偶数で終わらせるなんて、意識高いじゃないか。
偉い偉い。
ハヅキちゃんとやらに別れを告げ、「今度は何するー?」と早くも次の遊びに気持ちを切り替える子供達の声に癒される。
あの頃は日が暮れて翌日になったとしても、その先もずっとずっと子供でいられる時間が続くと思っていた。
大人になってしまった今、あの頃の時間は二度と戻らない、とても短くて尊いものだったのだと理解できる。
それが何だか無性に寂しくて悲しい。
「もーいーかーい」
ちっ、しつけぇな。
部屋の隅で律儀に両目を覆っているアイツは、どう見ても神様に連れてかれた訳でも、天狗様に連れてかれた訳でもなさそうだ。
今もかくれんぼを続けているソイツに、面倒臭さを感じつつも若干の羨望を抱く。
俺が都会で汗水流して働いている間も、コイツはこの公園一帯で終わらない夏休みを過ごしているのだろう。
そら羨ましいわ。
俺はヤツに一瞥もくれる事なく応えてやった。
「まぁーだだよー」
ま、折角の夏休みだしな。
せめて帰省してる間くらいは付き合ってやろう。
隠れてやるつもりはないけれど。
<あとがき>
ベタなお話なのでもし誰か先人様と被ってたらスミマセン。
ラストの方、分かりにくい気がしたので以下補足。
行方不明になった子供は間違いなく東京のアイツ君です。
かくれんぼを勝手に止めた友人達の末路はご想像にお任せします。
執拗なアイツ君の「もーいーかーい」攻撃に堪えきれず地元を逃げたか、病んでしまったか、罪悪感に押し潰されてこの世から去ってしまったか──それ以外の可能性もアリアリです。
主人公だけが鋼のメンタルもとい、サイコパス風味でした。
アイツ君の遊びを終わらせてあげる気は更々なく、テキトーに「まぁーだだよー」と返しては流します。
もしかすると「早いよー、もっとゆっくり一万数えてー」とか無茶振りしてるかもしれません。
何らかのルールに縛られてるのかもしれませんが、アイツ君はもっと早い段階でブチ切れて良いと思います。
ちなみに偶数ルールは創作ですが、最初と最後に歌うルールは作者の地元の実話です。
あまり後味の良くないお話になってしまいましたが、最後までのご高覧、誠にありがとうございました。